逗子市・大切岸(石切り場の跡)
よみもの

14208 / ずしし

神奈川県

逗子市

城壁のような崖は、石切り場の跡と確かめられた。

大切岸|石切り場の跡

Photo by Fred Cherrygarden (CC BY-SA 4.0)

01 / 建築

北側の玄関に、丸窓と暖炉の煙突がある。

逗子市の建築
Photo by Asturio Cantabrio (CC BY-SA 4.0)

旧脇村邸は昭和9年(1934年)に建てられた木造二階建の別邸で、和洋折衷の数寄屋造です。北側の玄関に丸窓と暖炉の煙突、西側にベランダ、内部に洋間を取り入れています。2010年に国の登録有形文化財に登録されました。

  • 昭和9年(1934年)築
  • 和洋折衷の数寄屋造
  • 国の登録有形文化財(2010年)

02 / 堂

正方形の三間堂は、寛文六年に再興されたと考えられる。

逗子市の堂
Photo by KENPEI (CC BY-SA 4.0)

神武寺薬師堂は、平面が正方形の三間堂で、寄棟屋根がかかります。主要部分は棟札や墨書などから、寛文六年(1666年)に再興されたものと考えられています。茅葺きだった屋根は、1992年竣工の大修理で銅板葺に改められました。

  • 寛文六年(1666年)に再興と考えられる
  • 平面は正方形の三間堂
  • 県の重要文化財(昭和60年指定)

03 / 歴史

1950年3月19日の住民投票は、賛成6,990票、反対1,722票。

分離独立の条件は、有権者の3分の1以上の署名、住民投票の過半数の賛成、県議会の賛成決議の3つでした。3月19日の投票総数は8,824票。5月1日の県議会の採決を経て、7月1日に横須賀市から分離独立しました。

  • 投票総数8,824票
  • 投票率48.7%
  • 県議会は54票中29票が賛成

空から見た逗子市

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2021年11月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

品川から52分、乗り換えなし。

  • 人口6万人規模
  • 都心まで60分

JR横須賀線で、東京駅から61分、品川駅から52分、乗り換えなしで着きます。湘南新宿ラインなら、渋谷駅から58分、新宿駅から63分です(各駅からの毎日運転の最速)。

住んでいる人
57,060人
19952020

2015年より −0.6%

56,578 → 57,060人

面積
17.28km²

うち可住地 10.97km²

2024年

世帯数
24,869世帯

1世帯 2.3人

2020年

家賃(借家の平均)
8.2万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院2/診療所71

人口1万人あたり 12.8

2023年

面積17.28km²うち可住地10.97km² / 63%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 7園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの逗子市35.296°N 139.580°E
大阪逗子市
逗子駅
逗子駅2014年
  • 東京までJR横須賀線61分
  • 品川までJR横須賀線52分
  • 渋谷までJR湘南新宿ライン58分
  • 新宿までJR湘南新宿ライン63分

所要時間はJR東日本の駅の時刻表サイト(timetables.jreast.co.jp)の『デジタル時刻表』〈総武線快速・横須賀線 下り:平日 222d1・土曜休日 222d2/湘南新宿ライン 南行:平日 102d1・土曜休日 102d2。2610版〉を2026-10-21に読み、起点駅の発時刻と逗子(湘南新宿ラインは行先欄の逗子着時刻)の差を全列車で数えた(2026-10-21 確認)。時間帯により異なります。

かたち

4市町村に、接している。

逗子市の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

5.0km

逗子市は、こういう町です。

  1. 01名越切通の大切岸は、高さ3〜10mの崖が800m以上続く石切り場の跡
  2. 02昭和9年の旧脇村邸と、寛文六年に再興と考えられる神武寺薬師堂がある
  3. 031950年3月19日の住民投票で賛成6,990票、7月1日に分離独立した

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。