中央区・勝鬨橋(跳開橋)
よみもの

13102 / ちゅうおうく

東京都

中央区

橋の開閉は、1970年11月が最後。

勝鬨橋|跳開橋

Photo by Mclarensenna (Public domain)

01 / 石標

迷子の特徴を書いた紙を、石の窪みに貼った。

中央区の石標
Photo by Katorisi (CC BY-SA 4.0)

都指定の歴史資料。区によると、安政4年(1857)に西河岸町の家主らの願い出で建った花崗岩の角柱で、高さ約161cm。願書には、たづぬる方に親が、しらする方に迷子を留め置く町内が、紙を貼り置くとある。

  • 安政4年(1857)建立(区)
  • 高さ約161cmの花崗岩の角柱(区)
  • 都指定文化財(歴史資料)

02 / 時の鐘

鐘銘の「寶永辛卯」から、1711年改鋳の鐘と思われる。

中央区の時の鐘
Photo by Halowand (CC BY-SA 4.0)

区によると、石町時の鐘は高さ約1.7m・口径約93cmの銅鐘。江戸の本石町三丁目で時を告げ、関東大震災後に十思公園の鐘楼へ移された。いまは除夜の鐘に使われている。

  • 高さ約1.7m・口径約93cm(区)
  • 鐘銘は「寶永辛卯四月中浣」(区)
  • 都指定文化財(工芸品)

03 / 渡し

佃の渡しは、1964年の佃大橋の完成まで続いた。

中央区の渡し
Photo by Higa4 (CC0)

区民史跡の佃島渡船場跡。区は、渡しが正保2年(1645)ごろに始まったとされ、渡し賃が一人五厘だったため「五厘の渡し」と呼ばれたと記す。昭和2年(1927)に東京市が建てた石碑が、佃公園にある。

  • 1645年ごろ〜1964年(区)
  • 区民史跡(登録は平成2年4月1日)
  • 石碑は昭和2年(1927)建立(区)

空から見た中央区

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2019年6月〜11月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

東京から新日本橋まで、2分。

  • 人口17万人規模
  • 都心まで30分

JR総武線快速の東京駅から新日本橋駅まで、毎日運転の最速で2分です(JR東日本の時刻表、2026年10月)。区役所は築地一丁目にあり、東京メトロ有楽町線の新富町駅1番出口から歩いて1分と区は案内します。

住んでいる人
169,179人
19952020

2015年より +19.8%

63,923 → 169,179人

面積
10.21km²

うち可住地 10.21km²

2024年

世帯数
92,533世帯

1世帯 1.8人

2020年

家賃(借家の平均)
14.6万円
▸

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院4/診療所778

人口1万人あたり 46.2

2023年

ほとんど、平地。ほぼ全域が可住地(100.0%)
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 44園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの中央区35.671°N 139.772°E
大阪中央区
新富町駅
新富町駅2020年
  • 東京までJR総武線快速2分

所要時間はJR東日本『駅の時刻表』(2026年10月号のデータ)の新日本橋駅(総武線快速 市川・千葉方面〈下り〉)の列車ごとのページを、docs/handoff/tools/jr_count.py(毎日運転の絞り込み版)で数えた。東京の発→新日本橋の着は2分。品川の発→新日本橋の着は11分(2026-10-23 確認)。時間帯により異なります。

かたち

2市町村に、接している。

中央区の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成

南北のながさ

5.6km

中央区は、こういう町です。

  1. 01勝鬨橋は築地六丁目と勝どき一丁目を結ぶ、国の重要文化財。区は、中央部が当初は1日5回、1回20分間開閉し、昭和45(1970)年11月を最後に開閉を停止したと記す。跳開部分は70秒で70度まで跳ね上がる仕組みだった
  2. 02八重洲の一石橋迷子しらせ石標と、日本橋小伝馬町の十思公園にある石町時の鐘は、都指定の文化財。佃の渡しの石碑は区民史跡で、佃公園にある
  3. 03中央区は東京23区のほぼ中央に位置し、南は東京湾に臨み、東は隅田川を境にする。大部分は江戸時代以降の埋め立てで、起伏が非常に少ないと区は記す

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。