奥尻町・なべつる岩(町指定名勝)
よみもの

01367 / おくしりちょう

北海道 奥尻郡

奥尻町

鍋の弦に似た岩が、海に立つ。

なべつる岩|町指定名勝

Photo by Soica2001 (Public domain)

01 / 灯台

稲穂岬の灯台は、1891年12月1日に点灯を始めた。

奥尻町の灯台
Photo by Soica2001 (Public domain)

稲穂岬は奥尻島の北端にあります。奥尻町のあゆみ(年表)は、稲穂燈台の起工を明治22年(1889)3月22日、稲穂岬燈台の竣工を明治24年(1891)11月30日、点灯開始を12月1日と記します。

  • 1889年 起工
  • 1891年 竣工
  • 12月1日 点灯開始

02 / モッ立岩

島の昔話では、モッ立岩はなべつる岩の隣に立っていた。

奥尻町のモッ立岩
Photo by Soica2001 (Public domain)

町公式の観光ページによると、島の昔話では、モッ立岩はもともとなべつる岩の隣に立ち、夫婦岩と呼ばれていました。ある時、大好物のアワビを求めて西海岸に「浮気」してきたといいます。みかげ石の岩で、所在地は湯浜です。

  • みかげ石
  • 昔話では夫婦岩
  • 所在地は湯浜

03 / 貝塚

青苗遺跡の貝塚は、出土品の約8割がアワビの殻だった。

青苗遺跡は島の南端の段丘上にあり、擦文期の貝塚は11〜12世紀頃のものと推定されます。貝塚出土品の約8割がアワビの殻で、クジラやシカの骨でつくった骨角器も出ています。骨角器と土器119点は平成29年に道の有形文化財になりました。

  • 約8割がアワビの殻
  • 11〜12世紀頃と推定
  • 道指定有形文化財 119点

空から見た奥尻町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2022年9月〜10月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

山林の約6割以上が、ブナの原生林。

  • 人口2千人規模
  • 郡部の町

町公式によると、総面積142.99km²の約71.4%が山林で、その約60%以上をブナの原生林が覆います。ブナの山は保水力が高く、水の豊富な島として北海道内の離島で唯一稲作を営み、河川の水はほとんど涸れないと町公式は説明します。

住んでいる人
2,410人
19952020

2015年より −10.4%

4,301 → 2,410人

面積
142.99km²

うち可住地 20.75km²

2024年

世帯数
1,215世帯

1世帯 2.0人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院1/診療所3

人口1万人あたり 16.6

2023年

面積142.99km²うち可住地20.75km² / 15%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 0園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

0市町村に、接している。

日本のなかの奥尻町42.172°N 139.514°E
東京大阪奥尻町
奥尻町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

27.2km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

奥尻町は、こういう町です。

  1. 01なべつる岩は、鍋の弦に似た形から名がついた奥尻町指定名勝の岩で、鮮新世の地層を貫く安山岩でできている
  2. 02稲穂岬の灯台は1891年12月1日に点灯を始め、島の昔話ではモッ立岩がなべつる岩の隣から西海岸へ移ってきたという
  3. 03青苗遺跡の貝塚は出土品の約8割がアワビの殻で、島は山林の約6割以上をブナの原生林が覆い、北海道内の離島で唯一稲作を営む

気になったら、町に聞いてみませんか。