寒川町・倉見神社本殿(1741年造営)
よみもの

14321 / さむかわまち

神奈川県 高座郡

寒川町

寒川神社の本殿として造られ、別の社の本殿になった。

倉見神社本殿|1741年造営

Photo by 五虎将軍 (CC BY-SA 4.0)

01 / 鉄道

砂利を運んだ線路の約200mが、公園にある。

寒川町の鉄道
Photo by 五虎将軍 (CC BY-SA 4.0)

西寒川支線は1922年に砂利貨物の線として開通し、1984年3月に廃線になりました。跡は一之宮緑道になり、一之宮公園の中に約200mにわたってレールが保存されています。

  • 1922年に砂利貨物として開通
  • 1984年3月31日に廃線
  • レール約200m保存

02 / 古墳

全長約50m、前方後円墳と考えられている。

寒川町の古墳
Photo by Saigen Jiro (CC0)

大(応)神塚は町指定の古墳で、町の資料は「町内唯一の墳丘を保った古墳」と記します。1908年に東京帝国大学の坪井正五郎氏を中心に発掘され、漢鏡1、和鏡2、直刀3振が出ました。築造は5世紀ごろと町の資料は記します。

  • 全長約50m
  • 1908年に発掘調査
  • 町指定重要文化財(1997年)

03 / 縄文

紐で吊るして使ったと考えられる、縄文の土器。

岡田遺跡出土の釣手土器(116号住居出土)は、器高21.7cm、縄文時代中期(約4,500年前)の町指定文化財です。輪状の穴に紐を通して吊るし、灯火具や香炉に使ったと推定されています。

  • 器高21.7cm
  • 縄文時代中期(約4,500年前)
  • 町指定重要文化財(2012年)

空から見た寒川町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2021年11月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

町内の駅は3つ、すべて相模線。

  • 人口5万人規模
  • 郡部の町

町内の駅は寒川・宮山・倉見の3つで、いずれもJR相模線です。町公式は、東京駅から東海道線で茅ヶ崎まで約60分、相模線に乗り換えて寒川駅まで約10分と案内しています。町の面積は13.42km²です。

住んでいる人
48,348人
19952020

2015年より +0.9%

47,438 → 48,348人

面積
13.34km²

うち可住地 13.1km²

2024年

世帯数
19,862世帯

1世帯 2.4人

2020年

家賃(借家の平均)
5.7万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院2/診療所22

人口1万人あたり 5.0

2023年

ほとんど、平地。ほぼ全域が可住地(98.2%)
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 4園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

5市町村に囲まれ、ほとんどが平地。

日本のなかの寒川町35.373°N 139.384°E
大阪寒川町
寒川町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

5.7km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

寒川町は、こういう町です。

  1. 01寛保元年に寒川神社の本殿として造られた倉見神社の本殿が、町指定文化財になっている
  2. 02相模川の砂利を運んだ西寒川支線のレールが、一之宮公園に保存されている
  3. 03町内唯一の墳丘を保った大(応)神塚古墳と、岡田遺跡の釣手土器がある

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。