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よみもの

42214 / みなみしまばらし

長崎県

南島原市

階段に、仏塔の一部が使われていた。

日野江城跡|二ノ丸の階段

Photo by Kuma83 (CC BY-SA 4.0)

01 / 原山支石墓群

朝鮮半島の影響が見える墓に、副葬の土器はいずれも縄文のもの。

縄文時代終末期の共同墓地。支石墓は石棺や土坑の上を支石と巨石で覆う墓で、もとは朝鮮半島に特徴的な形です。文化庁によると、約半数は蓋石の下に土器を置き、いずれも縄文時代晩期のもの。弥生式土器はまったくありません。

  • 国指定史跡(北有馬町)
  • 副葬の土器は縄文時代晩期
  • 弥生式土器はまったくない

02 / キリシタン墓碑

慶長18年の墓碑に、仮名で「る井寸」。「ルイス」と読むのが適当とされる。

Christian tombstones in Suzaki (center), Kazusa.jpg
Photo by South Simabara (CC BY-SA 3.0)

加津佐町の須崎墓地で、3基が県の史跡に指定されています。半円柱型の1基には「慶長十八年 ■月二日 年二十九 る井寸」と縦書きで刻まれ、市教委は男性の洗礼名とみます。国史跡の吉利支丹墓碑(西有家町須川)は、1610年の没年をローマ字で彫ります。

  • 慶長十八年(1613)
  • 須崎墓地の3基が県指定史跡
  • 吉利支丹墓碑は1610年

03 / 口之津の港

石炭の輸出港で税関が開かれ、明治32年の洋館が残る。

口之津歴史民俗資料館 - panoramio.jpg
Photo by shikabane taro (CC BY 3.0)

口之津港は明治11年に三池炭の輸出港として許可され、税関支署が開かれました。明治22年に特別輸出港となり、一時は長崎港をも凌ぐ輸出高があったといいます。明治42年の三池港開港で入港船は減り、旧庁舎は大型木造洋館の姿で残ります。

  • 明治11年 石炭の輸出港に許可
  • 明治22年 特別輸出港
  • 明治32年の庁舎(県指定)

くらし

島原まで、バスで最短43分。

  • 人口4万人規模

市内に鉄道の駅は無く、島原鉄道は2008年3月に島原外港〜加津佐間の営業を終えました。玄関口は島鉄バスの南島原市役所前で、島原駅前から最短43分。口之津港からは島鉄フェリーで、天草の鬼池港まで約30分です。

住んでいる人
42,330人
2010

2015年より −9%

50,363 → 42,330人

面積
170.15km²

うち可住地 109.63km²

2024年

世帯数
16,060世帯

1世帯 2.6人

2020年

家賃(借家の平均)
2.9万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院4/診療所34

人口1万人あたり 9.0

2023年

面積170.15km²うち可住地109.63km² / 64%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 27園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの南島原市32.660°N 130.298°E
東京大阪南島原市
南島原市役所前
南島原市役所前2008年
  • 島原まで路線バス43分

所要時間は島鉄バス 島原駅前発時刻表(2026年10月1日改正)の加津佐海水浴場前行き(6:45・7:40・9:25・10:20・12:20ほか)と、南島原市役所前停留所の通過(予定)時刻表(同改正)の加津佐海水浴場前行き(7:28・8:23・10:08・11:03・13:06・14:21ほか)を突き合わせた。島原駅前→南島原市役所前は最短43分(ほかの便は45〜46分)(2026-10-01 確認)。時間帯により異なります。

かたち

2市町村に、接している。

南島原市の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

17.7km

雲仙市・島原市

南島原市は、こういう町です。

  1. 01有馬氏の居城とされる日野江城跡(国史跡)では、二ノ丸の発掘で、仏塔の一部や切石を用いた階段遺構が見つかった
  2. 02縄文時代終末期の原山支石墓群(国史跡)と、仮名の銘をもつ須崎のキリシタン墓碑(県指定史跡)が、半島南部の古い時代を伝える
  3. 03世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産・原城跡があり、口之津港には石炭の輸出港だった明治の税関庁舎が残る

気になったら、町に聞いてみませんか。