01 / 桃林の碑
「桃林創始者塚田翁の碑」は、下高町に立つ村指定史跡。
村公式は、江戸時代末期に行商兼業農家の塚田源太夫が、不毛の地だった砂丘を開墾して桃畑に変えたと伝わる、と記します。下高町の村指定史跡「桃林創始者塚田翁の碑」は、県の一覧では明治34年の碑で、指定は1975年7月11日です。
- 村指定史跡
- 明治34年の碑
- 1975年7月11日指定
01 / 桃林の碑
村公式は、江戸時代末期に行商兼業農家の塚田源太夫が、不毛の地だった砂丘を開墾して桃畑に変えたと伝わる、と記します。下高町の村指定史跡「桃林創始者塚田翁の碑」は、県の一覧では明治34年の碑で、指定は1975年7月11日です。
02 / 宝蔵寺

滝谷の宝蔵寺には、越後五番札所の観音菩薩が安置されています。上杉景勝が米沢へ国替になるとき、観音と阿弥陀如来像を舟に乗せましたが舟は岩のように動かず、もとの場所に安置したと伝わり、不退山の名もこれによるといいます。元和2年の懸仏は村指定です。
03 / 刈羽貝塚
西谷の刈羽貝塚は、村公式によれば汽水産貝塚です。昭和27年の発掘調査では、貝殻や、「刈羽式」と命名された多くの縄文時代前期の土器などが出土しました。県の一覧は昭和27年12月10日指定の県史跡とし、時期を縄文前期から中期としています。
くらし
村公式によれば、刈羽村は西の砂丘地、中央の平坦地、東の丘陵地からなります。砂丘地には防風林を兼ねた松林と砂丘畑が連なり、湧き水は上水道や灌漑用水に使われ、平坦地には水田が広がります。南は柏崎市に、北は旧西山町に接し、長岡市に一部接する飛地もあります。村の花は桃、木はクロマツ。玄関口はJR越後線の刈羽駅です。
2015年より −8.3%
5,702 → 4,380人
うち可住地 15.26km²
2024年
1世帯 2.7人
2020年
人口1万人あたり 2.3
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
6.5km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
気になったら、町に聞いてみませんか。