Iyahiko-jinja Tamano-hashi.JPG
よみもの

15342 / やひこむら

新潟県 西蒲原郡

弥彦村

渡れない橋を、神様が渡るという。

玉の橋|彌彦神社

Photo by Saigen Jiro (CC0)

01 / 十柱神社社殿

茅葺・入母屋造の社殿は、元禄7年に長岡藩主が奉納した。

Iyahiko-jinja Tohashira-jinja.JPG
Photo by Saigen Jiro (CC0)

彌彦神社の境内末社で、桁行三間・梁間三間の一重。屋根は茅葺の入母屋造で、妻入に板葺の向拝が付きます。村公式は、現社殿を元禄7年(1694)の長岡藩主牧野氏の奉納と記し、絵様彫刻に桃山末期の様式を伝えるとします。大正6年(1917)に国の重要文化財に指定されました。

  • 桁行三間・梁間三間
  • 元禄7年(1694)
  • 1917年 国の重要文化財

02 / 弥彦駅舎

彌彦神社をイメージして建てられた、神社建築を模した終着駅の駅舎。

Yahiko Station zenkei.JPG
Photo by Saigen Jiro (CC0)

村公式は、弥彦駅は彌彦神社をイメージして建てられ、神社建築を模した駅舎だと記します。駅は弥彦線の上り終着駅です。

  • 神社建築を模した駅舎
  • 弥彦線の上り終着駅

03 / 婆々杉

弥三郎婆さの伝説を伝える大杉が、宝光院の裏山のふもとに立つ。

Yahiko no Babasugi.jpg
Photo by Fred Cherrygarden (CC BY-SA 4.0)

宝光院の裏山のふもとに立つ杉で、樹齢一千年を数えるといわれます。承暦3年(1079)の彌彦神社の造営をめぐる争いで、鍛匠弥三郎の祖母(一説に母)が鬼となって飛び去り、80年後に高僧の説教で改心したと伝わります。昭和27年に県の天然記念物に指定されました。

  • 樹齢一千年といわれる
  • 県指定天然記念物(昭和27年)
  • 弥三郎婆さの伝説

くらし

雪が少なめの村に、冬は「弥彦おろし」が吹く。

  • 人口8千人規模
  • 郡部の町

村公式によれば、降雪日数・降雪量の多い県内にあって弥彦村は比較的少なく、初積雪は平年12月下旬ごろ、消雪は3月上旬です。晩秋から冬は北西や西北西の風が多く、通称「弥彦おろし」と呼ばれます。玄関口は、役場の最寄駅である弥彦線の矢作駅です。

住んでいる人
7,705人
19952020

2015年より −6.1%

8,483 → 7,705人

面積
25.17km²

うち可住地 17.34km²

2024年

世帯数
2,605世帯

1世帯 3.0人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所5

人口1万人あたり 6.5

2023年

面積25.17km²うち可住地17.34km² / 69%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 3園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

3市町村に、接している。

日本のなかの弥彦村37.691°N 138.855°E
東京大阪弥彦村
弥彦村の領域
境界:国土数値情報 N03湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

6.9km

燕市・新潟市・長岡市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

弥彦村は、こういう町です。

  1. 01彌彦神社の玉の橋は、神社が「神様が御渡りになる橋」と記す橋で、村公式は信仰と橋の構造上、渡ることはできないと注記する。古記録に和銅4年(711)の記載があるという
  2. 02彌彦神社の燈籠おしと舞楽は国の重要無形民俗文化財で、神輿に大燈籠と小燈籠が連なる行事が、7月25日を中心に行われてきた
  3. 03神社の外にも、柄鏡形の前方後円墳の稲場塚古墳(村指定史跡)と、享保のころの姿に復原された茅葺の旧武石家住宅(村指定)が残る

気になったら、町に聞いてみませんか。