01 / 天朝山
人が土を担いで盛った丘に、のちに県庁にあたる役所が置かれた。

天朝山は人工の丘です。江戸後期、豪農の市島家が別邸を築くため、天保8年(1837)から付近の田畑の土を5人1組で担いで運ばせ、5年かけて築きました。この別邸は明治に越後府として使われ、1年あまり、いまの県庁にあたる役所が置かれて水原県が存在しました。園内の越後府矢倉は復元です。
- 1837年に盛り土を始める
- 5人1組で土を担ぐ
- 県の史跡 越後府跡
01 / 天朝山

天朝山は人工の丘です。江戸後期、豪農の市島家が別邸を築くため、天保8年(1837)から付近の田畑の土を5人1組で担いで運ばせ、5年かけて築きました。この別邸は明治に越後府として使われ、1年あまり、いまの県庁にあたる役所が置かれて水原県が存在しました。園内の越後府矢倉は復元です。
02 / 水原代官所

1746年(延享3年)、幕府直轄領の水原城館跡に代官所が置かれました。支配高は6〜10万石で、年貢収納の確保や福島潟の開発、新発田藩・村上藩の監視が主な目的でした。代官所は22代続いて1868年に幕を閉じ、1995年(平成7年)に復元されました。
03 / 火除土手
安田では春から夏、阿賀野川沿いに強風「安田ダシ」が吹き、町並みが風向きと同じ方向にのびていたため火災が絶えませんでした。17世紀の後半、町を風と直角に作り変え、通りの中央に用水堀、防火用の広小路、延焼を防ぐ土塁を設けました。「安田」を「保田」と改めたのもこのころです。
くらし
2004年に水原町・安田町・京ヶ瀬村・笹神村が合併した市で、新潟市の南東約20kmにあります。東に五頭連峰を背に、南に阿賀野川が流れる扇状地に、6,500ヘクタール余りの水田が広がります。春から夏には、阿賀野川の水面を渡る強い東南の風「ダシ」が吹き抜けます。玄関口はJR羽越本線の水原駅です。
2015年より −6.3%
47,043 → 40,696人
うち可住地 120.93km²
2024年
1世帯 3.0人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 5.9
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
17.5km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
気になったら、町に聞いてみませんか。