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よみもの

15385 / あがまち

新潟県 東蒲原郡

阿賀町

縄文の草創期を設けるきっかけになった洞窟の一つ。

室谷洞窟|流紋岩の洞窟

Photo by MChew (CC BY-SA 4.0)

01 / 川港

会津藩の物資は、津川から舟で新潟へ。船着場には、150隻もの帆掛け船が発着した。

麒麟山.jpg
Photo by suzune konoo (CC BY-SA 3.0)

津川は会津藩の西の玄関口でした。会津の廻米や会津塗などを船積みし、阿賀野川の水運で新潟へ送りました。船着場の大船戸には丁持衆が100人働き、明治には90m下流に新河戸が造られました。跡は旧麒麟橋の付近です。

  • 帆掛け船150隻
  • 丁持衆100人
  • 新河戸は90m下流

02 / 薬師堂

川で見つけた薬師像を納めた、と伝わる寺。いまの堂は、茅葺で1519年の建立。

平等寺薬師堂.JPG
Photo by Tengoro (CC BY-SA 3.0)

平等寺は995年に平維茂が建て、川で見つけた黄金の薬師像を安置したと伝わりますが、町は創建に確証はないとします。いまの堂は桁行三間・梁間四間の茅葺で、寄棟造の妻入。1923年に重要文化財になりました。堂内は非公開です。

  • 1519年の建立
  • 茅葺・寄棟造
  • 1923年に重要文化財

03 / 手漉き和紙

会津藩の御用紙だった手漉き和紙は、日の光だけで漂白する。

文献では1590年にさかのぼる、上川の小出の手漉き和紙です。江戸時代は会津藩の御用紙として盛んに漉かれましたが、いまは町が1戸、観光協会が2戸と記すほどに減りました。地元産の楮を使い、「みざらし」という日の光だけの漂白をします。

  • 1590年の文献
  • 会津藩の御用紙
  • 楮は100%地元産

くらし

県面積の約7.6%、中央を阿賀野川が流れる。

  • 人口10千人規模
  • 郡部の町

2005年に津川町・鹿瀬町・上川村・三川村が合併した町で、面積は952.89km²。町の中央を阿賀野川と支流の常浪川が流れ、北に飯豊山塊、北西に越後山脈が広がります。会津と越後のはざまにあり、平安時代から700年あまり会津に属した東蒲原郡です。玄関口はJR磐越西線の津川駅です。

住んでいる人
9,965人
20052020

2015年より −14.7%

14,703 → 9,965人

面積
952.89km²

うち可住地 168.48km²

2024年

世帯数
4,061世帯

1世帯 2.5人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院1/診療所8

人口1万人あたり 9.0

2023年

面積952.89km²うち可住地168.48km² / 18%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 4園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

1県・8市町村に、接している。

日本のなかの阿賀町37.676°N 139.459°E
東京大阪阿賀町
阿賀町の領域
境界:国土数値情報 N03湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

45.2km

新潟県
五泉市・新発田市・阿賀野市・三条市
福島県
西会津町・金山町・只見町・喜多方市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

阿賀町は、こういう町です。

  1. 01上川地区には、縄文の「草創期」を設けるきっかけとなった室谷洞窟と小瀬ヶ沢洞窟があり、出土品は国の重要文化財になっている
  2. 02津川には会津藩の物資を阿賀野川の舟で新潟へ送った川港の跡があり、三川の平等寺には茅葺の薬師堂が建つ
  3. 03上川の小出には会津藩の御用紙だった手漉き和紙が伝わり、津川の旧会津街道には江戸時代の石畳と一里塚が残る

気になったら、町に聞いてみませんか。