01 / 落堀川
竹前兄弟が全財産を投資し、落堀川を1ヶ月で約2.6km掘り直した。

17世紀、いまの紫雲寺地域などに、約2,000haの沼地、塩津潟(紫雲寺潟)が広がっていました。竹前小八郎と兄の権兵衛は、享保13年(1728年)に延べ3万人で長者堀(落堀川)を掘り直しました。工事や洪水などで潟の1,900haが干上がり、周辺に42の村が生まれたと県は記します。
- 享保13年(1728年)
- 延べ3万人・約2.6km
- 潟1,900haが干上がる
01 / 落堀川

17世紀、いまの紫雲寺地域などに、約2,000haの沼地、塩津潟(紫雲寺潟)が広がっていました。竹前小八郎と兄の権兵衛は、享保13年(1728年)に延べ3万人で長者堀(落堀川)を掘り直しました。工事や洪水などで潟の1,900haが干上がり、周辺に42の村が生まれたと県は記します。
02 / 新発田城の石垣

新発田城の石垣は総延長が約350mで、積み上げられた石は約1万1千個が現存します。石は市内古寺産の粗粒玄武岩で、大部分に切込み接ぎ、布積みという高度な技法が使われています。石垣があったのは現存するこの部分だけで、ほかは土塁で囲まれていたと市は説明します。
03 / 土偶形容器
村尻遺跡は、市を代表する遺跡です。昭和55・56年の発掘で、弥生時代の墓坑群から土偶形容器が出ました。人の上半身を模しながら頭部と顔面の表現が無く、高さ45.3cmは他の遺跡の例に比べ著しく大形と市は記します。土器を骨蔵器にした再葬墓の様相を示す資料で、国の重要文化財です。
くらし
市は、東京方面からは上越新幹線で新潟駅へ行き、白新線に乗り換えて新発田駅で降りると案内します。秋田方面からは羽越本線の新発田駅です。市役所のヨリネスしばたまでは、新発田駅から徒歩10分です。江戸時代には十万石の城下町として栄えたと市は記し、県都の新潟市に隣接します。
2015年より −3.7%
104,634 → 94,927人
うち可住地 253.82km²
2024年
1世帯 2.7人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 8.7
2023年
人口は2005年以降(市域変更)。2003-07-07 に合併。2005年調査から市域が変わっている。2005-05-01 に編入合併(紫雲寺町・加治川村)。2005年調査から市域が変わっている。
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
29.0km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
気になったら、町に聞いてみませんか。