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よみもの

15206 / しばたし

新潟県

新発田市

隅田川沿いの迎賓館が、郷里の町に移った。

蔵春閣|大倉喜八郎の別邸

Photo by 芝嶋田令 (CC0)

01 / 落堀川

竹前兄弟が全財産を投資し、落堀川を1ヶ月で約2.6km掘り直した。

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Photo by Ebiebi2 (CC BY-SA 4.0)

17世紀、いまの紫雲寺地域などに、約2,000haの沼地、塩津潟(紫雲寺潟)が広がっていました。竹前小八郎と兄の権兵衛は、享保13年(1728年)に延べ3万人で長者堀(落堀川)を掘り直しました。工事や洪水などで潟の1,900haが干上がり、周辺に42の村が生まれたと県は記します。

  • 享保13年(1728年)
  • 延べ3万人・約2.6km
  • 潟1,900haが干上がる

02 / 新発田城の石垣

古寺産の粗粒玄武岩の石垣が、約350m、約1万1千個現存する。

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Photo by Drph17 (CC BY 4.0)

新発田城の石垣は総延長が約350mで、積み上げられた石は約1万1千個が現存します。石は市内古寺産の粗粒玄武岩で、大部分に切込み接ぎ、布積みという高度な技法が使われています。石垣があったのは現存するこの部分だけで、ほかは土塁で囲まれていたと市は説明します。

  • 総延長 約350m
  • 石 約1万1千個
  • 古寺産の粗粒玄武岩

03 / 土偶形容器

頭も顔も表さない、人の上半身の形の弥生の容器。高さは45.3cm。

村尻遺跡は、市を代表する遺跡です。昭和55・56年の発掘で、弥生時代の墓坑群から土偶形容器が出ました。人の上半身を模しながら頭部と顔面の表現が無く、高さ45.3cmは他の遺跡の例に比べ著しく大形と市は記します。土器を骨蔵器にした再葬墓の様相を示す資料で、国の重要文化財です。

  • 高さ45.3cm
  • 弥生時代の再葬墓
  • 2013年 国の重要文化財

くらし

東京からは、新潟駅で白新線に乗り換える。

  • 人口9万人規模

市は、東京方面からは上越新幹線で新潟駅へ行き、白新線に乗り換えて新発田駅で降りると案内します。秋田方面からは羽越本線の新発田駅です。市役所のヨリネスしばたまでは、新発田駅から徒歩10分です。江戸時代には十万石の城下町として栄えたと市は記し、県都の新潟市に隣接します。

住んでいる人
94,927人
20052020

2015年より −3.7%

104,634 → 94,927人

面積
533.11km²

うち可住地 253.82km²

2024年

世帯数
35,191世帯

1世帯 2.7人

2020年

家賃(借家の平均)
4.7万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院6/診療所77

人口1万人あたり 8.7

2023年

面積533.11km²うち可住地253.82km² / 48%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103

人口は2005年以降(市域変更)。2003-07-07 に合併。2005年調査から市域が変わっている。2005-05-01 に編入合併(紫雲寺町・加治川村)。2005年調査から市域が変わっている。

待機児童
—保育所等 28園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

2県・7市町村に、接している。

日本のなかの新発田市37.948°N 139.327°E
東京大阪新発田市
新発田市の領域
境界:国土数値情報 N03湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

29.0km

新潟県
胎内市・阿賀町・聖籠町・阿賀野市・新潟市
山形県
小国町
福島県
喜多方市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

新発田市は、こういう町です。

  1. 01蔵春閣は、1912年に東京の向島、隅田川沿いに建った大倉喜八郎の別邸の迎賓館で、令和5年に郷里の新発田市へ移築され、2024年に国の登録有形文化財になった
  2. 02江戸時代に約2,000haあった沼地の塩津潟(紫雲寺潟)は、竹前兄弟が1728年に長者堀を掘り直したのち1,900haが干上がり、周辺に42の村が生まれた
  3. 03新発田城には古寺産の粗粒玄武岩の石垣が約350m現存し、村尻遺跡の弥生の再葬墓からは顔の表現が無い土偶形容器をふくむ18点が出て、国の重要文化財になっている

気になったら、町に聞いてみませんか。