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よみもの

15213 / つばめし

新潟県

燕市

大正11年の堰の、ゲートの下をくぐれる。

旧洗堰|大河津分水

Photo by Drph17 (CC BY-SA 4.0)

01 / 隕石

富永村の水田に落ちたと伝わる石。呼び名は、当時の村名の「米納津」。

Yonozu Meteorite.jpg
Photo by Momotarou2012 (CC BY-SA 3.0)

天保8年(1837)6月11日(西暦7月13日)の夕方、富永村に落ちたと伝わる隕石で、市は重さを31.65kgと記します。明治32年に帝国博物館へ寄託され、当時の村名から米納津隕石と呼ばれました。実物は国立科学博物館で展示され、落下地には昭和37年の記念碑が建ちます。

  • 重さ31.65kg(市の記す値)
  • 天保8年(1837)に落下と伝わる
  • 落下地の記念碑は昭和37年

02 / 私塾

大河津分水の建設に奔走した門下生を出した、「困った人を救うために学ぶ」が学是の私塾。

Chouzenkan Museum, Tsubame, Niigata, Japan, May 2021.jpg
Photo by Tail furry (CC BY-SA 4.0)

1833年(天保4年)、鈴木文臺が粟生津村に創った私塾です。「困った人を救うために学ぶ」を学是に、1912年までの約80年で1,000人を超える塾生を送り出しました。門下生には、大河津分水の建設を政府の要人や国会に訴えた人がいます。市は長善館址碑と所蔵資料を指定しています。

  • 1833年(天保4年)創設
  • 約80年で1,000人超
  • 市指定の史跡と書跡

03 / 記念碑

台座には、自在堰のコンクリート塊。補修工事の完了を記念した石碑。

信濃川補修工事が完了した記念の石碑で、形は陥没した自在堰を模したものです。台座には自在堰のコンクリート塊が用いられ、旧可動堰(1931年)の堰軸の延長線上に建ちます。補修工事の概要とともに、工事の総責任者だった青山士の言葉が刻まれています。

  • 台座は自在堰のコンクリート塊
  • 旧可動堰は1931年
  • 青山士の言葉を刻む

くらし

旧吉田町の名は「米」と「粟」から、旧分水町の名は大河津分水から。

  • 人口8万人規模

2006年3月20日に旧燕市・吉田町・分水町が合併した市です。吉田・米納津・粟生津が1954年に合併した吉田町の名は「米」と「粟」を「吉」き田に作る意味から、分水町の名は大河津分水を讃えて決まりました。国上山の五合庵は県指定史跡「良寛修行地」の一部です。玄関口はJR越後線の南吉田駅です。

住んでいる人
77,201人
2010

2015年より −3.2%

81,876 → 77,201人

面積
110.94km²

うち可住地 104.45km²

2024年

世帯数
28,522世帯

1世帯 2.7人

2020年

家賃(借家の平均)
4.7万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院2/診療所69

人口1万人あたり 9.2

2023年

面積110.94km²うち可住地104.45km² / 94%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103

人口は2010年以降(市域変更)。2006-03-20 に新設合併(吉田町・分水町)。2010年調査から市域が変わっている。

待機児童
—保育所等 25園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

4市町村に、接している。

日本のなかの燕市37.673°N 138.882°E
東京大阪燕市
燕市の領域
境界:国土数値情報 N03湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

15.4km

長岡市・新潟市・弥彦村・三条市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

燕市は、こういう町です。

  1. 01信濃川と大河津分水の分岐点に1922年に築かれた旧洗堰は、堰柱26基が約146mに連なり、公園として保存されて、ゲートの下をくぐり抜けられる
  2. 02天保8年(1837)に富永へ落ちたと伝わる米納津隕石の落下地記念碑と、粟生津にあった私塾の長善館址碑は、どちらも市指定の史跡で、指定日は1967年2月13日
  3. 03国上山の五合庵は県指定史跡「良寛修行地」の一部で、旧燕市・吉田町・分水町は2006年に合併して今の燕市になった

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。