富津市・内裏塚古墳群(稲荷山古墳)
よみもの

12226 / ふっつし

千葉県

富津市

8基の古墳が、ひとつの国史跡になっている。

内裏塚古墳群|稲荷山古墳

Photo by ja:user: のりまき (CC BY 3.0)

01 / 石切場

チェーンソーが導入された昭和33年、石工1人の1日の生産量が10倍に。

富津市の石切場
Photo by ערן (CC BY-SA 4.0)

鋸山は「房州石」と呼ばれる凝灰質砂岩の山で、富津市側に石切場跡が残ります。市公式によると、チェーンソーが導入された昭和33年(1958)に、石工1人当たりの1日の生産量は8〜10本から80〜100本へ10倍に増えました。採石業は昭和60年(1985)に終わりを迎えました。

  • 房州石は凝灰質砂岩
  • 昭和33年にチェーンソー導入
  • 昭和60年に採石業が終わる

02 / 横穴

1号横穴の壁面に、「大同元年」の文字がある。

絹横穴群は岩瀬川流域の丘陵南斜面に開口し、総数11基が確認されています。1号横穴の壁面に「大同元年」「許世」、10号横穴に「木」の文字が見つかり、市公式は「許世」「木」を巨勢氏・紀氏を示すものとして、被葬者との関係が注目されるとします。

  • 横穴は11基
  • 大同元年は806年
  • 県史跡(昭和41年)

03 / 大鏡鉄

海中から引き上げられたと言われる、直径160cmの鉄は鏡ではない。

金谷神社のご神体の大鏡鉄は、社伝では文明元年(1469)に神社の西方550mの海中から引き上げられたと言われます。直径160cm、重さ1.571tで二つに割れ、呼称は日本武尊の鏡に由来するというものの、実際には鏡ではありません。県指定の考古資料です。

  • 直径160cm
  • 重さ1.571t
  • 県指定(昭和41年)

空から見た富津市

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2024年10月〜11月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

東京駅から、高速バスで71分。

  • 人口4万人規模
  • 都心まで90分

日東交通の高速バス「房総なのはな号」は、東京駅八重洲南口から市内の上総湊駅前まで、全日運転の一般道経由の便で71分です(2025年12月12日改正)。市公式は、電車でお越しの場合の最寄りとして、JR内房線の大貫駅から市役所まで徒歩約20分と案内します。

住んでいる人
42,465人
19952020

2015年より −6.9%

54,273 → 42,465人

面積
205.4km²

うち可住地 83.17km²

2024年

世帯数
17,830世帯

1世帯 2.4人

2020年

家賃(借家の平均)
4.6万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院3/診療所29

人口1万人あたり 7.5

2023年

面積205.4km²うち可住地83.17km² / 40%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 10園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの富津市35.304°N 139.857°E
大阪富津市
大貫駅
大貫駅2022年
  • 東京まで高速バス71分

所要時間は日東交通の『白浜・館山~東京線(房総なのはな号)』(https://www.nitto-kotsu.co.jp/jn/・時刻表PDF 20251212bouso.pdf。『時刻:2025年12月12日改正』。運行は『全日』。ジェイアールバス関東と日東交通の共同運行)の【下り】で、東京駅八重洲南口の発と、富津市内の一般道の停留所『上総湊駅前』の着を数えた。3号(7:20発→上総湊駅前8:31着)・9号(10:20→11:31)・11号(11:20→12:31)・13号(12:20→13:31)・17号(14:20→15:31)・21号(16:20→17:31)・25号(18:20→19:31)・31号(21:20→22:31)がいずれも71分。同じ便は国道富津浅間山に69分、国道竹岡に77分で着く。**一般道を走るのは一部の便だけで(富津市公式『高速バス時刻表』『一部の便は一般道を走行し、国道竹岡から上総湊駅前から国道富津浅間山を経由』)、ほかの便は『富津浅間山バスストップ』に停まる(市公式の時刻表の表記は『国道』が付かない別の停留所。高速道路の上かは確かめていないので採らない)**(2026-10-22 確認)。時間帯により異なります。

かたち

3市町村に、接している。

富津市の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

24.4km

富津市は、こういう町です。

  1. 01内裏塚古墳群は小糸川河口付近の低地に分布する古墳群で、国史跡の内裏塚古墳に周辺の7基を加えた8基が、令和7年の追加指定で一つの史跡になった
  2. 02鋸山の富津市側に残る石切場跡は房州石を切り出した跡で、昭和33年にチェーンソーが導入され、昭和60年に採石業が終わった
  3. 03絹横穴群の1号横穴の壁面には「大同元年」の文字があり、金谷神社のご神体の大鏡鉄は、社伝では文明元年に海中から引き上げられたと言われる

気になったら、町に聞いてみませんか。