御宿町・日西墨三国交通発祥記念之碑
よみもの

12443 / おんじゆくまち

千葉県 夷隅郡

御宿町

異国の遭難者を救った浜の、高台の白い塔。

日西墨三国交通発祥記念之碑

Photo by Mytho88 (CC BY-SA 4.0)

01 / 月の沙漠像

記念像の建った御宿へ、加藤まさをは1976年に移り住んだ。

御宿町の月の沙漠像
Photo by くろふね (CC BY-SA 4.0)

「月の沙漠」の作詞者・加藤まさをを讃える町の記念館のパンフレットによると、記念像は昭和44年(1969年)7月に御宿の砂丘に建てられました。加藤は1974年に岩和田小学校の校歌を作り、1976年に御宿へ移り住みました。

  • 記念像は昭和44年(1969年)7月に建立
  • 1974年に岩和田小学校の校歌を作詞・作曲
  • 1976年に御宿へ移住

02 / ドン・ロドリゴ上陸地

人口300人ほどの岩和田の村が、300人以上の乗組員を救助した。

1609年、座礁した船の乗組員を岩和田の村人が救助し、着物や食べ物を分け与えたと町は紹介します。県教委は、大多喜城主の本多忠朝が一行を大宮寺に滞在させたと記します。上陸地は記念塔から約1kmです。

  • 県指定史跡(昭和41年12月2日指定)
  • 乗組員373人のうち317人が救助
  • 当時の岩和田の人口は300人ほど(町)

03 / 町名の由来

御宿の名は、北条時頼が最明寺に泊まったことに由来するとされる。

町は、鎌倉時代に北条時頼が須賀の最明寺に宿泊して御宿の名が起こったとされると説明します。由来には諸説あり、この伝承が広く町民に伝わっていると町は記します。境内には町指定の夫婦銀杏があり、向拝の彫刻は波の伊八の作と町は紹介します。

  • 『高林山々記』(1762年)に記述
  • 町名の由来には諸説あり
  • 夫婦銀杏は町の指定

空から見た御宿町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2024年7月〜8月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

東京駅から、特急わかしおで最速80分。

  • 人口7千人規模
  • 都心まで90分
  • 郡部の町

御宿駅は外房線にあり、町内の駅はここだけです。毎日運転の列車の最速は特急わかしおで、東京駅から80分です(2026年10月のダイヤ)。町は東京駅から約1時間20分と案内します。

住んでいる人
6,874人
19952020

2015年より −6%

8,129 → 6,874人

面積
24.85km²

うち可住地 11.26km²

2024年

世帯数
3,092世帯

1世帯 2.2人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所5

人口1万人あたり 7.3

2023年

面積24.85km²うち可住地11.26km² / 45%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 1園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの御宿町35.191°N 140.349°E
大阪御宿町
御宿駅
御宿駅2024年
  • 東京まで特急わかしお80分

所要時間はJR東日本『駅の時刻表』(データは『JR時刻表』2026年10月号に基づく。ページの運行日カレンダーは2026年9月18日〜12月31日)。御宿駅(駅コード0407)の下り(安房鴨川方面)の平日・土曜休日の両方の時刻表に載る列車ページ(列車ごとの停車駅と時刻)を、docs/handoff/tools/jr_count.py を『毎日』だけに絞って写した版で数えた(東京の『発』→御宿の『着』)。(2026-10-22 確認)。時間帯により異なります。

かたち

2市町村に、接している。

御宿町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

5.6km

御宿町は、こういう町です。

  1. 01岩和田の高台に、1928年に建った白い記念塔がある。「日西墨三国交通発祥記念之碑」と呼ばれ、1609年の船の遭難救助を記念する
  2. 02町の記念館は、「月の沙漠」の作詞者・加藤まさをの作品を紹介する。加藤は記念像の建った御宿へ1976年に移り住んだ
  3. 03御宿の名は、北条時頼が最明寺に泊まった伝承に由来するとされ、町は諸説ある中で広く伝わる話と説明する

気になったら、町に聞いてみませんか。