01 / 川まわし
耕地を開拓するため、蕪来川を川まわしして造った隧道の跡。

弘文洞跡は、養老川の支流の蕪来川を川まわしして造った隧道です。町公式は、およそ140年前に耕地開拓のため造り、昭和54年(1979)5月24日未明に頭頂部が崩壊したと記します。名は、弘文帝と十市姫にゆかりの深い高塚や筒森神社の傍を流れ、本流との合流点にあることから付きました。
- 蕪来川を川まわし
- およそ140年前に造られた(町公式)
- 昭和54年5月24日未明に頭頂部が崩壊
01 / 川まわし

弘文洞跡は、養老川の支流の蕪来川を川まわしして造った隧道です。町公式は、およそ140年前に耕地開拓のため造り、昭和54年(1979)5月24日未明に頭頂部が崩壊したと記します。名は、弘文帝と十市姫にゆかりの深い高塚や筒森神社の傍を流れ、本流との合流点にあることから付きました。
02 / 商家

渡辺家住宅は、昭和44年(1969)に国の重要文化財に指定されました。文化遺産オンラインは、嘉永2年(1849)に建設されたと伝えていると記し、前面に庇の付く店構えや整った座敷を持つ、近世商家の遺例として数少ない町家とします。所有者は個人です。
03 / 城下の商家

伊勢幸酒店店舗兼主屋は、県教委によると、大多喜城下の商人町にある酒店の建物で、旧大多喜城大手門の部材を用いて建てたとされています。明治6年(1873)の建築で、木造2階建。1階は間口を大きく開き、2階正面は全面に格子戸を建て込みます。国の登録有形文化財です。
いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます
広域(約6km四方)
近景(約1.5km四方)
いま(2024年7月〜8月撮影)1974〜78年撮影
出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))
くらし
町内にはいすみ鉄道と小湊鐵道の駅がありますが、東京の都心へは乗り換えなしでは着きません。バスターミナル東京八重洲から停留所「大多喜」へは、高速バスの下りが毎日運転の6本とも92分です(2024年3月1日改正の時刻表)。町公式は約80分と案内します。
2015年より −9.7%
12,678 → 8,885人
うち可住地 40.61km²
2024年
1世帯 2.6人
2020年
人口1万人あたり 9.0
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS

所要時間は小湊鐵道の高速バス『勝浦〜(市原鶴舞BT経由)〜東京線』の時刻表(『2024年3月1日改定』の表示。平日・土休日の両方)と、京成バスの『東京駅 〜 木更津金田バスターミナル・大多喜・勝浦・御宿・安房小湊』(時刻:2024年03月01日改正)の下り(バスターミナル東京八重洲 地下B 11番のりば発→停留所『大多喜』着)。町公式『高速バス』(企画課・2026-08-18 更新)がこの路線の時刻表へリンクし、『東京駅(バスターミナル東京八重洲)からアクアライン経由で約80分』と書く。日東交通の『高速バス』ページ(『VH.新高速バスページ(2026.10.01~)』)にも『勝浦〜東京線 ※2024.3.1改正』があり、運行中であることを確かめた(2026-10-22 確認)。時間帯により異なります。
気になったら、町に聞いてみませんか。