白子町・白子神社(町名のもと)
よみもの

12424 / しらこまち

千葉県 長生郡

白子町

町の名は、一つの社の名をとった。

白子神社|町名のもと

Photo by Alpharigid (CC BY-SA 4.0)

01 / 網元屋敷

九十九里浜南西の集落に、慶応2年の旧網元屋敷の主屋が建つ。

細谷家住宅主屋は、平屋建寄棟造の茅葺で、慶応2年(1866)の建築です。文化遺産オンラインは「旧網元屋敷の主屋」と記し、答申には昭和49年に移築とあります。登録有形文化財の登録は令和7年11月17日です。

  • 慶応2年(1866)の建築
  • 平屋建寄棟造の茅葺
  • 登録は令和7年11月17日

02 / 青ノリ

明治4年、南白亀川の汽水域で白子の青ノリ生産が始まったと読本は記す。

白子町の青ノリ
Photo by ゆりのき橋 (CC BY 3.0)

町教委の読本は、南白亀川の海水と真水が混ざる汽水域で、明治4年に白子の青ノリ生産が始まったと記します。県の資料によると、千葉県では刻んだアオノリを一枚ずつ手作業で板状に漉き、天日で乾かします。

  • 汽水域のスジアオノリ
  • 刻んで一枚ずつ漉く
  • 町指定史跡の記念碑(昭和55年)

03 / 牛乳

関村生まれの男が、蘭人の牛乳舗で搾乳を習い、文久3年に牛乳舗を開いた。

前田留吉は天保11年(1840)に上総国長柄郡関村で生まれ、文久元年に蘭人の牛乳舗に雇われて搾乳術を習ったと、足立達らの論文の年表は記します。文久3年には横浜太田町8丁目に牛乳舗を開いたとあります。

  • 天保11年(1840)関村に生まれる
  • 文久3年に牛乳舗を開く
  • 横浜太田町8丁目

空から見た白子町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2012年2月〜3月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

千葉駅から、バスで60分。

  • 人口1万人規模
  • 郡部の町

町に鉄道の駅はありません。小湊鐵道の高速バス「千葉〜白子中里線」は、平日にも土休日にも走る千葉駅4のりば発14時30分の便が、15時30分に白子車庫へ着きます。18時40分発も同じ60分で、時刻表は2023年5月8日の改定です。

住んでいる人
10,305人
19952020

2015年より −7.6%

13,238 → 10,305人

面積
27.5km²

うち可住地 25.85km²

2024年

世帯数
4,137世帯

1世帯 2.5人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所5

人口1万人あたり 4.9

2023年

面積27.5km²うち可住地25.85km² / 94%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 3園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの白子町35.454°N 140.374°E
大阪白子町
白子町役場
白子町役場2024年
  • 千葉まで高速バス60分

所要時間は町に鉄道の駅は無い(Wikidata にも項目が無い。町公式『交通アクセス』〈2015-04-01 更新〉も電車は『茂原駅下車』とし、町外の茂原駅からのバスを案内する)。小湊鐵道の高速バス『千葉~白子中里線』(2023年5月8日改定)の時刻表の、平日・土休日の両方にある便を採った(2026-10-22 確認)。時間帯により異なります。

かたち

3市町村に、接している。

白子町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

6.5km

白子町は、こういう町です。

  1. 01白子町の名は、昭和30年に1町2村が合併したとき白子神社の名をとったと町公式が記す。本殿は宝暦12年(1762)の竣工で、県の指定文化財(平成28年3月4日)
  2. 02細谷家住宅主屋は、慶応2年の旧網元屋敷の主屋で、茅葺の屋根が地域の景観をつくる民家
  3. 03南白亀川では明治4年に青ノリ生産が始まったと読本が記し、関村生まれの前田留吉は文久3年に横浜で牛乳舗を開いた

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。