一宮町・洞庭湖(灌漑用の湖)
よみもの

12421 / いちのみやまち

千葉県 長生郡

一宮町

中国の湖にちなんだ名の、人工の湖。

洞庭湖|灌漑用の湖

Photo by xpon (Public domain)

01 / 社殿

本殿と拝殿をつないだ権現造。町公式は、県内でも珍しい構成と記す。

一宮町の社殿
Photo by Saigen Jiro (Public domain)

玉前神社の社殿は、本殿と拝殿をつないだ権現造の複合社殿で、県指定有形文化財です。町の冊子は現在の社殿を貞享4年(1687)の建築とし、本殿は江戸時代と明治時代に修理と塗り替えがありました。神社は町名の由来でもあります。

  • 県指定有形文化財
  • 貞享4年(1687)の建築(町の冊子)
  • 権現造の複合社殿

02 / 史跡

最後の一宮藩主は、のちに町長を務めた。墓は、耕地整理した田の見える城山にある。

加納久宜は明治2年に一宮藩知事となり、鹿児島県知事などを経て一宮町長に就きました。大正8年(1919)に亡くなり、町民の声で大正11年(1922)、耕地整理した田の見える城山に墓が建てられました。生前の大正7年(1918)には、約600字の漢文を刻む碑も建てられています。

  • 墓は町指定史跡(昭和50年)
  • 碑は約600字の漢文
  • 墓の建立は大正11年(1922)

03 / 凧

万祝と同じ形の凧は、寛政3年の創始と伝えられる。

上総とんびは、漁師が大漁のときに着る万祝着と同じ形の凧で、町公式は袖凧の元祖と記します。竹の骨組みに和紙を張り、かつてはクジラのひげで「うなり」を作りました。図柄「高砂翁媼」は、玉前神社の社殿の蛙股に彫り物として残ります。

  • 町指定無形民俗文化財
  • 寛政3年(1791)の創始と伝わる
  • 江戸時代の木版約40枚が伝わる

空から見た一宮町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2024年7月〜8月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

東京駅から、特急わかしおで60分。

  • 人口1万人規模
  • 都心まで60分
  • 郡部の町

上総一ノ宮駅へは、東京駅から特急わかしおで最速60分です(2026年10月のダイヤ。町公式の交通案内も約60分)。町内にはもう1つ、JR外房線の東浪見駅があります。

住んでいる人
11,897人
19952020

2015年より +1.1%

11,302 → 11,897人

面積
22.97km²

うち可住地 16.69km²

2024年

世帯数
4,984世帯

1世帯 2.4人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所11

人口1万人あたり 9.2

2023年

面積22.97km²うち可住地16.69km² / 73%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 4園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの一宮町35.373°N 140.369°E
大阪一宮町
上総一ノ宮駅
上総一ノ宮駅2020年
  • 東京まで特急わかしお60分

所要時間はJR東日本の駅の時刻表(上総一ノ宮駅 外房線 下り・駅コード 0439)の平日(0439010)と土曜・休日(0439011)。東京駅の発時刻と上総一ノ宮駅の着時刻の差。2610版(2026年10月)。docs/handoff/tools/jr_count.py の best を『毎日』だけに絞って数えた(2026-10-22 確認)。時間帯により異なります。

かたち

3市町村に、接している。

一宮町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

7.0km

一宮町は、こういう町です。

  1. 01洞庭湖は約6.8haの灌漑用の人工の湖で、町の冊子は、一宮藩主・加納久徴が造らせ、天保15年(1844)に完成記念の碑が建てられたと記す
  2. 02玉前神社の社殿は本殿と拝殿をつないだ権現造で、上総とんびの図柄「高砂翁媼」が社殿の蛙股の彫り物として残る
  3. 03最後の一宮藩主・加納久宜は鹿児島県知事などを経て一宮町長を務め、墓は耕地整理した田の見える城山にある

気になったら、町に聞いてみませんか。