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よみもの

18322 / えいへいじちょう

福井県 吉田郡

永平寺町

修行が続く伽藍の19棟が、重要文化財。

大本山永平寺

Photo by 663highland (CC BY 2.5)

01 / 参ろーど

電車の廃線跡を、運転手のいない車が走った。

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Photo by ブルーノ・プラス (CC BY 4.0)

1925年に永平寺口から通じた電車は、京福電鉄永平寺線として2002年に廃線に。跡の遊歩道「永平寺参ろーど」の約2kmで、2021年に遠隔監視のレベル3、2023年に運転者のいないレベル4の自動運転車が、ともに全国で初めて認可されました。2026年4月から当面運休中です。

  • 2002年 廃線
  • 約2km
  • 2023年 レベル4 全国初

02 / 冠

加耶の冠を手本に、この列島で作った冠。

二本松山古墳出土 金銅製冠 (J-14175).JPG
Photo by Saigen Jiro (Public domain)

二本松山古墳は標高273mの山頂にある古墳。1906年、その石棺から5世紀の冠が2つ見つかりました。朝鮮半島の加耶に多い帯の形の冠によく似ていますが、歩揺や立ち飾りの形が違い、文様も無いことから、まねて日本列島で作った国産品とみられます。冑や短甲とともに東京国立博物館にあります。

  • 1906年 出土
  • 冠が2つ
  • 5世紀

03 / 葉っぱずし

庭に植えた油桐の葉で、マスのすしを包む。

九頭竜川の流域、主に永平寺地区の葉っぱずしは、塩マスと酢飯、しょうがを油桐の葉で包み、すし箱に並べて重石をかけ、祭りやお盆に食べます。葉の表面の脂で米粒がつかず、葉をむけば箸を使わずに食べられます。人々は油桐を庭に植えて「すしの木」と呼び、町はこれを町の木にしました。

  • 町の木は油桐
  • 祭り・お盆に
  • 箸を使わずに

くらし

大学病院と県立大学が、町の中にある。

  • 人口2万人規模
  • 郡部の町

松岡地区に福井大学の医学部と附属病院、福井県立大学のキャンパスがあります。えちぜん鉄道勝山永平寺線が九頭竜川に沿って町を東西に走り、役場の最寄りの松岡駅の駅舎は国の登録有形文化財です。子どもたちは登下校で校門に一礼し、無言で掃除をします。

住んでいる人
18,965人
2010

2015年より −4.6%

20,647 → 18,965人

面積
94.43km²

うち可住地 25.78km²

2024年

世帯数
7,285世帯

1世帯 2.6人

2020年

家賃(借家の平均)
5.0万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院1/診療所12

人口1万人あたり 6.9

2023年

面積94.43km²うち可住地25.78km² / 27%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103

人口は2010年以降(市域変更)。2006-02-13 に新設合併(松岡町・上志比村)。2010年調査から市域が変わっている。

待機児童
—保育所等 8園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

3市町村に、接している。

日本のなかの永平寺町36.092°N 136.299°E
東京永平寺町
永平寺町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

10.7km

福井市・坂井市・勝山市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

永平寺町は、こういう町です。

  1. 01道元が1244年に開いた大本山永平寺で、仏殿・法堂・山門など修行の場の19棟が2019年に重要文化財になった
  2. 02京福電鉄永平寺線の廃線跡の遊歩道で、レベル3とレベル4の自動運転車が全国で初めて認可された(2026年4月から当面運休)
  3. 03山頂の二本松山古墳から加耶の冠を手本にした国産の冠が出て、九頭竜川のマスを油桐の葉で包む葉っぱずしが伝わる

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。