01 / イトヨ
海へ下らないイトヨが、池の底に巣をつくる。
イトヨは海で育ち、川をさかのぼって産卵する魚ですが、本願清水の群れは海へ下りません。5月ごろから秋にかけ、雄が池の底に巣をつくって稚魚を守ります。夏も水温20度以下の湧き水が欠かせず、市は陸封型の生息地の南限としています。池は、金森長近が城下の水源に掘ったと伝わります。
- 1934年 国の天然記念物
- 陸封型の南限
- 水温20度以下
01 / イトヨ
イトヨは海で育ち、川をさかのぼって産卵する魚ですが、本願清水の群れは海へ下りません。5月ごろから秋にかけ、雄が池の底に巣をつくって稚魚を守ります。夏も水温20度以下の湧き水が欠かせず、市は陸封型の生息地の南限としています。池は、金森長近が城下の水源に掘ったと伝わります。
02 / 大野丸
大野藩は1855年に蝦夷地の開拓を決め、1858年に洋式帆船「大野丸」を完成させました。翌年、敦賀を母港に初航海し、屯田の人々を北蝦夷地(樺太)へ運んで、鵜城で越冬を始めます。1860年、幕府はその一部を藩の準領地に。船は1864年に根室沖で沈み、1869年に土地を新政府へ返上。
03 / 寂円

宝慶寺は、道元を慕って宋から来た僧・寂円が開いた曹洞宗の寺で、永平寺に次ぐ第二道場とされます。道元が中国で師事した如浄の図像、唐の禅僧・雲居道膺の図像、釈迦三尊像は、寂円が持ち来たと伝わり、いずれも県の文化財です。寂円の高弟・義雲は、この寺の2世から永平寺5世になりました。
くらし
市内には約8,000本の井戸があり、生活用水の水源はほとんどが地下水です。冬の地下水位の低下を和らげるため、市は1978年度から毎年10月から2月まで、水田を借りて水を張ります。鉄道はJR越美北線で、中心は越前大野駅。2005年に和泉村を編入し、県内で最も面積の広い市です。
2015年より −5.5%
35,291 → 31,286人
うち可住地 128.04km²
2024年
1世帯 2.9人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 8.3
2023年
人口は2010年以降(市域変更)。2005-11-07 に編入合併(和泉村)。2010年調査から市域が変わっている。
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
37.3km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
気になったら、町に聞いてみませんか。