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よみもの

40349 / かすやまち

福岡県 糟屋郡

粕屋町

八つの入江の池に、元禄10年、築堤された。

駕輿丁池|筑前三大池の一つ

Photo by そらみみ (CC BY-SA 4.0)

01 / 阿恵官衙遺跡

国宝の鐘に名が記された評の長官。その政務の場が、この遺跡とされる。

飛鳥〜奈良時代の糟屋評(のちの糟屋郡)の役所跡で、政庁・正倉・古代の道路跡が見つかった。京都・妙心寺の国宝の梵鐘に名が記された「糟屋評造舂米連廣國」は評の長官の役職名で、町は政務の場がここと明らかになったとする。

  • 国指定史跡(2020年3月10日指定・2024年10月11日追加指定)
  • 梵鐘は698年の製作(町)
  • 展示は粕屋町立歴史資料館

02 / 長夘平の導水

若杉山から池へ水を引く事業は、10年の歳月を費やして完成した。

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Photo by そらみみ (CC BY-SA 4.0)

江戸時代の文化12年(1815)から文政7年(1824)、戸原村の大庄屋・長夘平が、飢きんに苦しむ民衆を助けようと、若杉山から駕輿丁池へ水を引く事業を計画した。経路を記した絵図は長さ361cmで町指定。複製を歴史資料館で展示する。

  • 文化12年(1815)〜文政7年(1824)
  • 新大間堤開鑿図絵は長さ361cm(町指定)
  • 複製を歴史資料館で展示

03 / 江辻遺跡群

弥生時代早期の集落跡は、「松菊里型」の住居跡だけで構成される。

福岡県粕屋町大字江辻字榎町出土 樽形はそう.JPG
Photo by Saigen Jiro (Public domain)

江辻区の江辻遺跡群では計9か所の遺跡が確認された。集落跡は朝鮮半島から伝わった「松菊里型」の住居跡だけで、町は「渡来系稲作集落」とも呼ぶ。隣接して墓地群や、幻の郡名「加麻又郡」と記した遺物も見つかった。

  • 遺跡は計9か所を確認(町)
  • 「松菊里型」の住居跡だけで構成
  • 「加麻又郡」と記した遺物(平成12年度の調査)

くらし

博多駅まで、JRで約10分。

  • 人口5万人規模
  • 郡部の町

福岡県北西部にあり、西に福岡市、北に久山町、東に篠栗町・須恵町、南に志免町と隣り合います。JR篠栗線(福北ゆたか線)と香椎線が町域を貫き、駅は6つ。町のあらましは、博多駅までJRで約10分と伝えます。福岡市近郊ながら田園も残り、ブロッコリーなどの都市近郊農業も行われています。

住んでいる人
48,190人
19952020

2015年より +6.2%

31,504 → 48,190人

面積
14.13km²

うち可住地 13.41km²

2024年

世帯数
19,899世帯

1世帯 2.4人

2020年

家賃(借家の平均)
6.1万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院4/診療所28

人口1万人あたり 6.6

2023年

面積14.13km²うち可住地13.41km² / 95%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 8園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

5市町村に、接している。

日本のなかの粕屋町33.611°N 130.481°E
東京大阪粕屋町
粕屋町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

4.9km

福岡市・志免町・須恵町・篠栗町・久山町

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

粕屋町は、こういう町です。

  1. 01駕輿丁池は、駕与丁公園が囲む町のため池で、筑前三大池の一つに数えられます。元禄10年(1697)に郡奉行の川村茂右衛門が築堤して現在の形になったと古文書に記され、町公式は、池の岬が八つに分かれ、一つの入江に大蛇が頭を一つ出していると言われた、と伝えます。
  2. 02町の歴史には、国史跡の阿恵官衙遺跡、弥生時代早期の集落跡がある江辻遺跡群、県指定史跡の大隈石棺、夷守駅家の有力地とされる内橋坪見遺跡、地名の由来にかかわる酒殿の御酒殿、戦国時代の山城の丸山城跡が並びます。花ヶ浦公園には、レンガ造りの仲原炭鉱の竪坑跡が残ります。
  3. 03福岡市の東に接する糟屋郡の町で、JRの駅が6つ、面積は14.13km²。桜の並木とバラ園のある駕与丁公園が町のシンボルで、町は博多駅までJRで約10分と案内しています。

気になったら、町に聞いてみませんか。