小平町・旧花田家番屋
よみもの

01482 / おびらちょう

北海道 留萌郡

小平町

雇い人が200人を超えた、大鰊漁家。

旧花田家番屋

Photo by 夢の散歩 (CC BY-SA 4.0)

01 / 番屋の内部

文化庁が「梁組は豪壮」と記す、ヤン衆の宿泊設備が残る番屋。

小平町の番屋の内部
Photo by さえぼー (CC BY-SA 4.0)

旧花田家番屋は国の重要文化財(1971年指定)です。文化庁の解説は、ヤン衆(雇漁夫)の宿泊設備がよく残り、巨材を豊富に用いて梁組が豪壮な、大型鰊漁場建築の数少ない遺構と記します。町公式は、ヤン衆の寝台の羽目板の落書などから、親方の生活部分の内部造作を明治38年頃と考えています。

  • 国の重要文化財(1971年指定)
  • ヤン衆の宿泊設備がよく残る
  • 巨材を豊富に用いた梁組

02 / 旧村名

番屋のある土地の旧村名は天登雁村。鬼鹿村を経て、小平町へ統合された。

小平町の旧村名
Photo by 禁樹なずな (CC BY-SA 4.0)

旧花田家番屋の所在地の旧村名は天登雁村で、鬼鹿村を経て小平村・小平町へ統合されたと町公式は記します。碑には「天登雁村 鬼鹿村 発祥之地」と刻まれています。1998年9月には、開村(天登雁村)120周年を記念して、番屋の玄関前に像が贈られました。

  • 旧村名は天登雁村
  • 鬼鹿村を経て小平町へ
  • 開村120周年の記念像(1998年)

03 / クビナガリュウ

小平蘂川の上流で、クビナガリュウの化石が見つかった。

1987年、小平蘂川の上流の更生橋の近くで動物らしい化石が見つかり、発掘調査で合計236個のクビナガリュウの化石が出ました。約8500万年前の白亜紀後期の上部蝦夷群の地層からで、北海道開発局の資料は、福島県いわき市、穂別町に次ぐ国内3種目と記します。

  • 1987年に発見
  • 合計236個
  • 約8500万年前の白亜紀後期

空から見た小平町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2025年6月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

町内に鉄道の駅は無く、玄関口は役場。

  • 人口3千人規模
  • 郡部の町

町内に鉄道の駅は無く、玄関口は役場です。町公式の交通アクセスは、札幌または旭川まで移動して都市間高速バスを使うよう案内します(2026年10月確認)。役場は留萌郡小平町字小平町にあります。

住んでいる人
2,994人
19952020

2015年より −10.3%

4,855 → 2,994人

面積
627.22km²

うち可住地 76.73km²

2024年

世帯数
1,366世帯

1世帯 2.2人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所3

人口1万人あたり 10.0

2023年

面積627.22km²うち可住地76.73km² / 12%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 0園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

5市町村に、接している。

日本のなかの小平町44.015°N 141.663°E
東京大阪小平町
小平町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

32.2km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

小平町は、こういう町です。

  1. 01旧花田家番屋は鬼鹿広富にある国の重要文化財で、町公式は、道内に現存する番屋では最大の規模で、当時雇い人が200人を超えた大鰊漁家と記す
  2. 02文化庁の解説は、ヤン衆(雇漁夫)の宿泊設備がよく残ると記し、番屋の所在地の旧村名の天登雁村は、鬼鹿村を経て小平町へ統合された
  3. 03小平蘂川の上流の更生橋の近くで1987年に見つかったクビナガリュウの化石は、約8500万年前の地層から出た合計236個

気になったら、町に聞いてみませんか。