鷹栖町・鷹栖の装蹄用具(郷土資料館)
よみもの

01452 / たかすちょう

北海道 上川郡

鷹栖町

氷上用や泥炭用の蹄鉄が、国に登録された町。

鷹栖の装蹄用具|郷土資料館

Photo by 落合亮 (CC BY-SA 4.0)

01 / メロディー橋

鉄筋を叩くと「夕やけこやけ」が鳴る橋を、町は日本で初めてと紹介する。

昭和56年に建設された北野橋は、町としての最後の永久橋の建設とされました。担当者が、歩きながら鉄筋を叩くと曲を奏でる橋を考案し、曲は童謡「夕やけこやけ」を選びました。通称は「メロディー橋」です。

  • 昭和56年に建設
  • 町公式は「日本で初めて」と紹介

02 / オサラッペ川

町の中心部を北から南へ貫く川は、石狩川に注ぐオサラッペ川。

鷹栖町のオサラッペ川
Photo by Norihikonorihiko (Public domain)

町公式によると、オサラッペ川は町の中心部を北から南へ貫流し、石狩川に注ぎます。河川敷には桜づつみ公園があります。郷土資料館の木管の模型の展示には、石狩川からの取水計画と、この川の整備の足跡が記されています。

  • 北から南へ貫流し石狩川に注ぐ
  • 河川敷に桜づつみ公園

03 / 町名の由来

鷹栖の名は、アイヌ語「チカップニ」の意訳になったと町は説明する。

町公式は、未開の地だった頃、トンビやハイタカ、オオタカなどが大空に輪を描いて舞っていたといわれると説明します。その光景から、大きな鳥の棲むところを意味するアイヌ語「チカップニ」と呼ぶようになり、意訳されて「鷹栖」になったといいます。

  • 町公式は「といわれる」「という」と説明
  • 明治25年に鷹栖村が誕生

空から見た鷹栖町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2024年6月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

町内に鉄道の駅は無く、玄関口は役場。

  • 人口7千人規模
  • 郡部の町

町内に鉄道の駅は無く、玄関口は役場です。町公式は、中心部からJR旭川駅まで車で約25分と紹介し、公共交通機関では道北バスの路線バスを案内しています。上川郡に属し、旭川市と和寒町に隣接します。

住んでいる人
6,567人
19952020

2015年より −6.4%

6,871 → 6,567人

面積
139.42km²

うち可住地 76.7km²

2024年

世帯数
2,658世帯

1世帯 2.5人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所2

人口1万人あたり 3.0

2023年

面積139.42km²うち可住地76.7km² / 55%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 3園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

2市町村に、接している。

日本のなかの鷹栖町43.843°N 142.354°E
東京大阪鷹栖町
鷹栖町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

19.6km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

鷹栖町は、こういう町です。

  1. 01鷹栖の装蹄用具及び関連資料は、通常の蹄鉄のほか氷上用・泥炭用の蹄鉄や装蹄の用具など399点で、令和6年3月21日に国の登録有形民俗文化財に登録され、郷土資料館が収める
  2. 02昭和56年に建設された北野橋は、歩きながら鉄筋を叩くと「夕やけこやけ」が鳴る橋で、町は日本で初めてのメロディーを奏でる橋と紹介する。オサラッペ川は町の中心部を北から南へ貫き石狩川に注ぐ
  3. 03町名は、大きな鳥の棲むところを意味するアイヌ語「チカップニ」が意訳されたものと町公式は説明する。町内に鉄道の駅は無く、玄関口は役場で、中心部からJR旭川駅まで車で約25分

気になったら、町に聞いてみませんか。