柴田町・四保館跡(船岡城址)
よみもの

04323 / しばたまち

宮城県 柴田郡

柴田町

明治維新まで柴田氏が居住した館跡。

四保館跡|船岡城址

Photo by ブルーノ・プラス (CC BY-SA 4.0)

01 / 巨樹

愛宕山の中腹に、幹囲11m、高さ31mのイチョウが立つ。

柴田町の巨樹
Photo by suzune konoo (CC BY-SA 3.0)

雨乞のイチョウは雄株で、県によると愛宕山中腹の台地の南端斜面に立ちます。国の天然記念物で、樹齢は町が約600年とします。同じ雨乞地区には、町の直売の紹介が「自生するユズの中では日本最北限」と記すユズもあります。

  • 国指定天然記念物 1968年
  • 幹囲11m・高さ31m
  • 樹齢約600年(町)

02 / 磨崖仏

凝灰岩の岩肌に、嘉元4年(1306)銘の阿弥陀如来が刻まれている。

槻木の北方約3km、水田に突き出た丘陵の先端にあります。中心の阿弥陀如来像は高さ2.4mで、磨崖の大仏とも通称されます。付近には、六地蔵を彫り出した徳治2年(1307)銘の石窟や、眠り観音の名で親しまれる如意輪観音も残ります。

  • 県指定史跡 1971年
  • 阿弥陀如来像 高さ2.4m
  • 嘉元4年(1306)の銘

03 / 曼荼羅

大光院の両界曼荼羅図は、軸内に至徳2年(1385)表具と記される。

柴田町の曼荼羅
Photo by anonymous painter of the Nanbokucho period (Public domain)

金剛界と胎蔵界の2点は、大光院蔵の南北朝時代の絹本着色で、県指定有形文化財(絵画)です。金剛界は縦157.9cm、横129.7cm。その後、文亀2年(1502)と享保19年(1734)に修理表具されています。

  • 県指定有形文化財(絵画)
  • 金剛界 縦157.9cm・横129.7cm
  • 至徳2年(1385)表具

空から見た柴田町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2022年7月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

最寄りは東北本線の船岡駅。仙台まで約30分。

  • 人口4万人規模
  • 郡部の町

町公式の「役場案内図」は最寄の駅をJR東北本線の船岡駅とし、「交通の案内」は仙台まで東北本線で約30分としています。町内の駅は、船岡駅・槻木駅(JRと阿武隈急行)・東船岡駅(阿武隈急行)です。

住んでいる人
38,271人
19952020

2015年より −3.2%

38,749 → 38,271人

面積
54.03km²

うち可住地 35.16km²

2024年

世帯数
15,546世帯

1世帯 2.5人

2020年

家賃(借家の平均)
4.4万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院2/診療所21

人口1万人あたり 6.0

2023年

面積54.03km²うち可住地35.16km² / 65%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 3園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

5市町村に、接している。

日本のなかの柴田町38.057°N 140.766°E
東京大阪柴田町
柴田町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

11.1km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

柴田町は、こういう町です。

  1. 01四保館跡(船岡城址)は町指定の史跡で、町は明治維新まで柴田氏が居住した館跡と紹介する
  2. 02雨乞のイチョウは国指定の天然記念物で、県は幹囲11m、高さ31mの雄株とし、同じ雨乞地区に、町が「自生するユズの中では日本最北限」と記すユズがある
  3. 03富沢磨崖仏群は県指定史跡で、嘉元4年(1306)銘の阿弥陀如来像は高さ2.4m。大光院の両界曼荼羅図は県指定で、軸内に至徳2年表具の記がある

気になったら、町に聞いてみませんか。