仁木町・女代神社(銀山)
よみもの

01407 / にきちょう

北海道 余市郡

仁木町

開祖は、故郷の神を銀山へ迎えた。

女代神社|銀山

Photo by 禁樹なずな (CC BY-SA 4.0)

01 / 地名と駅

馬群別の地名は、1973年に駅名にならい銀山へ改められた。

仁木町の地名と駅
Photo by Mister0124 (CC BY-SA 4.0)

町教育委員会の読み物『ふるさと再発見』は、昭和48年(1973)3月、同じ地域内にある函館本線の駅名にならって馬群別が銀山と改められたと記します。銀山駅は1905年1月に開業しました。

  • 1973年3月に地名を改称
  • 銀山駅は1905年1月に開業
  • 旧称は馬群別

02 / 大江神社

毛利家の祖の姓をとり、大江の里と定めたと神社庁は記す。

北海道神社庁は、明治14年に毛利元徳が移民開拓を志し、毛利家の祖・大江広元の姓をとって大江の里と定めたと記します。社宝には町指定の旧本殿(明治18年)があり、仁木町指定文化財の樹木として赤松15本も挙げています。

  • 明治14年に大江の里と定める
  • 旧本殿は町指定(明治18年)
  • 町指定の赤松15本

03 / 山線の駅

然別駅は、1902年12月の鉄道開通のとき仁木駅とともに開業した。

仁木町の山線の駅
Photo by Mister0124 (CC BY-SA 4.0)

町公式の年表は、明治35年(1902)12月に然別から蘭島の間で鉄道が開通し、仁木駅と然別駅が開業したと記します。昭和61年(1986)11月には、函館本線の町内の駅がすべて無人化されました。

  • 1902年12月に仁木駅・然別駅が開業
  • 銀山駅は1905年1月に開業
  • 1986年11月に町内の駅が無人化

空から見た仁木町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2025年5月〜6月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

徳島と山口の入植地が、ひとつの町になった。

  • 人口3千人規模
  • 郡部の町

町公式の年表では、1879年に徳島から仁木、1881年に山口の人びとが大江へ入り、1902年に仁木・大江・山道の3村が合併し、1964年に仁木町となりました。1974年には徳島県川島町と姉妹町の盟約を結んでいます。

住んでいる人
3,180人
19952020

2015年より −9.1%

4,293 → 3,180人

面積
167.96km²

うち可住地 40.69km²

2024年

世帯数
1,332世帯

1世帯 2.4人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所3

人口1万人あたり 9.4

2023年

面積167.96km²うち可住地40.69km² / 24%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 3園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

5市町村に、接している。

日本のなかの仁木町43.152°N 140.766°E
東京大阪仁木町
仁木町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

19.3km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

仁木町は、こういう町です。

  1. 01女代神社は銀山にあり、北海道神社庁によれば、開祖の山川滝五郎が明治28年、故郷の但馬国の女代神社の御分霊を勧請した。町指定の記念碑も社宝等に挙げる
  2. 02銀山は昔は馬群別と呼ばれ、1973年に函館本線の駅名にならって改められた。大江の地名は、神社庁によれば毛利家の祖の姓から
  3. 03町内の函館本線の駅は仁木・然別・銀山の3つ。玄関口は仁木駅で、町の木はサクランボ。町は余市郡に属する

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。