紫波町・勝源院の逆ガシワ
よみもの

03321 / しわちょう

岩手県 紫波郡

紫波町

根が枝になったような、一本のカシワ。

勝源院の逆ガシワ

Photo by さかおり (CC BY-SA 4.0)

01 / 町名の由来

紫に似た川波を詠んだ一首が、「紫波」の名の由来と伝わる。

紫波町の町名の由来
Photo by Saigen Jiro (CC0)

町公式は、斯波氏最後の当主・斯波孫三郎詮直が「今日よりは紫波と名付けんこの川の石にうつ波紫に似て」と詠んだことが名の由来と伝えます。社伝の御神石「赤石」は北上川から上げられ、いま志賀理和氣神社の境内に祀られていると町観光交流協会は紹介します。

  • 町名の由来と伝わる一首
  • 赤石は北上川から上げられた
  • 志賀理和氣神社の境内に祀られる

02 / 旧紫波郡役所庁舎

本屋は洋風、玄関ポーチは和風。和洋が混ざる、郡役所だった建物。

紫波町の旧紫波郡役所庁舎
Photo by Asturio Cantabrio (CC BY-SA 4.0)

明治31年(1898)3月に建ったと考えられる木造2階建てで、県は洋風意匠の本屋と和風意匠の玄関ポーチを特徴に挙げます。町公式によると、この郡役所で1911年に南部醸造研究組合が初会合を開き、1963年に町役場の新築に伴って現在地へ移築されました。

  • 1898年3月に建設と考えられる
  • 2021年 県指定有形文化財
  • 1963年 現在地へ移築

03 / 平井家住宅

八戸藩の御蔵宿だった商家の、大正10年に完成した住宅。

紫波町の平井家住宅
Photo by Suikotei (CC BY 4.0)

屋号は伊勢屋。八戸藩の飛び地になった志和の米を江戸へ移出する際、保管と移送を担う御蔵宿に指定されました。主屋は12代平井六右衛門が大正10年(1921)に完成させた近代和風建築で、ガラス窓を多用した外観とレンガ塀が一体で残ります。

  • 1921年(大正10年) 完成
  • 2016年 重要文化財
  • 八戸藩の御蔵宿に指定

空から見た紫波町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2024年6月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

盛岡と花巻の間で、1町8カ村が一つになった。

  • 人口3万人規模
  • 郡部の町

町のプロフィールによると、紫波町は昭和30年(1955)に1町8カ村が合併して生まれ、岩手県のほぼ中央、盛岡市と花巻市の中間にあります。町内のJRの駅は3つ(古館・紫波中央・日詰)で、役場の所在地は紫波中央駅前です。

住んでいる人
32,147人
19952020

2015年より −1.4%

31,311 → 32,147人

面積
238.98km²

うち可住地 102.02km²

2024年

世帯数
11,368世帯

1世帯 2.8人

2020年

家賃(借家の平均)
4.5万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院1/診療所18

人口1万人あたり 5.9

2023年

面積238.98km²うち可住地102.02km² / 43%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 6園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

4市町村に、接している。

日本のなかの紫波町39.554°N 141.155°E
東京大阪紫波町
紫波町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成

南北のながさ

13.8km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

紫波町は、こういう町です。

  1. 01勝源院の庭にある「逆ガシワ」は、根が枝になったような姿から「逆ガシワ」の名で親しまれてきたカシワで、1929年に国の天然記念物に指定された
  2. 02町名の由来の伝承に出る「赤石」が境内にある志賀理和氣神社、1898年建設と考えられる旧紫波郡役所庁舎、八戸藩の御蔵宿だった平井家住宅があり、山屋の田植踊は国の重要無形民俗文化財
  3. 03昭和30年に1町8カ村が合併してできた町で、JRの駅は古館・紫波中央・日詰の3つ。役場は紫波中央駅前にある

気になったら、町に聞いてみませんか。