矢巾町・徳丹城跡(外郭の丸太材列)
よみもの

03322 / やはばちょう

岩手県 紫波郡

矢巾町

丸太を1列に接して立てた、四角い城の囲い。

徳丹城跡|外郭の丸太材列

Photo by MChew (CC BY-SA 4.0)

01 / 出土品

徳丹城跡の井戸から、木の冑と琴の天板が出た。

平成18(2006)年の第65次発掘調査で、工房跡の井戸から木製冑(トチノキ・黒漆)が出土しました。漆は7世紀後半と測定され、徳丹城造営の9世紀より百数十年古く、水桶に転用されたものと思われると町は記します。井戸枠の板の1枚は琴天板の転用材でした。

  • 県指定 2013年
  • 漆は7世紀後半と測定
  • 井戸枠に琴天板

02 / 曲家

藩政時代の村役の家には、米を量る板間があった。

矢巾町の曲家
Photo by 妖精書士 (CC0)

南部地方特有の家屋形態を伝える曲家で、母屋の北側に南向きの馬屋が取り付きます。藩政時代は村役の家で、建坪は90坪。土間の空間には、小作農家から納められた米を量る計り場と呼ばれる板間があります。昭和61年に藤沢地区から現在地へ移設復元されました。

  • 建坪90坪
  • 町指定 1986年
  • 藤沢から移設復元

03 / 古墳群

7世紀後半の終末期古墳群。発掘で確認された古墳は100基以上。

藤沢地区の古墳群は、古墳時代の7世紀後半の終末期古墳群です。発掘調査で確認された古墳は100基以上。出土品1,390点は2009年に県の有形文化財に指定され、ガラス玉や勾玉などの玉類をはじめ、多くの出土品があります。

  • 100基以上
  • 出土品1,390点
  • 出土品 県指定 2009年

空から見た矢巾町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2024年6月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

中心部にJR矢幅駅、西口に高速バスの停留所。

  • 人口3万人規模
  • 郡部の町

町公式の案内(2026年10月1日更新)は、町の中心部にJR矢幅駅があり、町外への移動に使われていると記します。矢幅駅西口には、新宿・川崎方面の高速バス(岩手県北自動車が運行)の停留所があります。町内には岩手県交通の路線バスも走ります。

住んでいる人
28,056人
19952020

2015年より +1.4%

21,919 → 28,056人

面積
67.32km²

うち可住地 51.57km²

2024年

世帯数
10,986世帯

1世帯 2.6人

2020年

家賃(借家の平均)
5.4万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院4/診療所19

人口1万人あたり 8.2

2023年

面積67.32km²うち可住地51.57km² / 77%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 8園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

3市町村に、接している。

日本のなかの矢巾町39.606°N 141.143°E
東京大阪矢巾町
矢巾町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成

南北のながさ

8.9km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

矢巾町は、こういう町です。

  1. 01徳丹城跡は平安時代初期の城柵で、文化庁の解説では、外郭は径15〜20cmの柵木を1列に接して立てた柵列で画されていた。町は、地上に当時を知るものは残らないと記す
  2. 02徳丹城跡の井戸から出た木製冑と琴天板の2点は県指定の有形文化財。藤沢から移設復元した佐々木家曲家は、藩政時代に村役の家だった
  3. 03藤沢狄森古墳群は7世紀後半の終末期古墳群で、100基以上の古墳が発掘で確認され、出土品1,390点が県の有形文化財に指定されている

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。