湯之宮の座論梅2.jpg
よみもの

45402 / しんとみちょう

宮崎県 児湯郡

新富町

一本の梅が、60株以上に増えたと言われる。

湯ノ宮の座論梅

Photo by あおのひーたん (CC BY-SA 4.0)

01 / 百足塚古墳

曲線の線刻と赤彩、皮を留める鋲まで表した太鼓の埴輪。

祇園原古墳群にある全長約82mの前方後円墳から出た形象埴輪の一つ。側面や下の面に文様があり、側面には皮を鋲で留めた表現が見える。文化庁は、全国で四例のみの確認と記す。同じ古墳からは、踊る様子を表すとみられる女性の埴輪も出た。

  • 重要文化財(2025年9月指定)
  • 全国で四例のみの確認(文化庁)
  • 墳丘全長 約82m

02 / 新田神楽

大蛇に見立てたわら縄を、真剣で一刀両断する舞。

県指定の無形民俗文化財。毎年2月17日の春の大祭で33番が奉納される。「神楽(綱切)」は、長さ7m、太さ20cmほどのわら縄を大蛇に見立て、真剣で一刀両断する舞。素戔嗚尊の八岐大蛇退治を表したと伝わる。

  • 県指定無形民俗文化財(2020年指定)
  • 毎年2月17日・33番
  • わら縄は長さ7m・太さ20cmほど

03 / 金丸堰

栗唐瀬堰と呼ばれた堰が、創設者の名の金丸堰になった。

新田村柳瀬出身の金丸惣八が、明治4年(1871)に一ツ瀬川を締め切って堰を築き、柳瀬まで約4kmの水路を掘った。堰は改修を重ね、昭和23年(1948)にコンクリートの固定堰となり、灌漑面積は約1000haに達したと県の資料は記す。

  • 明治4年(1871)完成
  • 水路 約4km
  • 灌漑面積 約1000ha(県の資料・2005年)

くらし

町の木は梅。役場へは、西都ICから車で10分ほど。

  • 人口2万人規模
  • 郡部の町

昭和34年(1959)に旧新田村と旧富田村が合併してできた町で、平成の合併はしていません。北西部は高台の畑地帯、東南部は一ツ瀬川ぞいの平坦な水田地帯です。町内の駅はJR日豊本線の日向新富駅で、役場へは西都インターチェンジから車で10分程度と町公式は案内します。

住んでいる人
16,564人
19952020

2015年より −4.7%

18,037 → 16,564人

面積
61.48km²

うち可住地 49.22km²

2024年

世帯数
6,430世帯

1世帯 2.6人

2020年

家賃(借家の平均)
3.5万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院0/診療所13

人口1万人あたり 7.8

2023年

面積61.48km²うち可住地49.22km² / 80%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 9園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

3市町村に、接している。

日本のなかの新富町32.069°N 131.488°E
東京大阪新富町
新富町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

9.6km

西都市・高鍋町・宮崎市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

新富町は、こういう町です。

  1. 01湯ノ宮の座論梅は、湯之宮地区にある野生種の古い梅園で、国の天然記念物。もとは1本の木から増えたと言われ、60株以上の株がある。名の由来には、「ザロミ」という品種からきたとする説や、人々が集って話し合う様子からとする説などがある
  2. 02百足塚古墳出土の埴輪は、2025年に重要文化財に指定された。町内の新田原古墳群(国史跡)は、日本遺産「古代人のモニュメント―台地に絵を描く南国宮崎の古墳景観―」の構成文化財に挙がる
  3. 03三納代神楽は、国の重要無形民俗文化財に指定された高鍋神楽の一つで、大蛇に見立てた綱を真剣で切る「綱切舞」が特徴。富田浜海岸には毎年200頭前後のアカウミガメが上陸し、産卵地は県指定になっている

気になったら、町に聞いてみませんか。