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よみもの

29446 / てんかわむら

奈良県 吉野郡

天川村

鬼門に当たる森の洞穴から、清水が湧く。

泉の森|洞川湧水群

Photo by ブルーノ・プラス (CC BY-SA 4.0)

01 / 円空仏

聖観音立像の背の紙片から、四体は寛文十年の作と推定できる。

栃尾観音堂には円空作の像四体が安置され、村の指定文化財です。村の文化財ページによると、聖観音立像の背には埋木をした納入孔があり、昭和39年の調査で紙片が確認されました。「圓」「作之」「寛文□年庚」の文字などから、寛文十年(1670)の製作と推定できるといいます。

  • 寛文十年(1670)の製作と推定
  • 聖観音立像など四体を安置
  • 昭和39年の調査で紙片を確認

02 / 阿古父尉

面の裏の墨書に、観世十郎が永享二年に寄進したと記される。

天河大辯財天社本殿.jpg
Photo by 伊勢正親 (CC BY-SA 4.0)

天河大辨財天社の阿古父尉は、裏面に「奉寄進」「永享二年十一月日 観世十郎 敬白」と墨書があります。神社は、世阿弥の息男・十郎元雅が1430年に寄進したと説明します。社の能狂言面30面は、2013年に重要文化財に指定されました。

  • 永享二年(1430)の寄進
  • 裏面に墨書
  • 能狂言面30面が重要文化財 2013年指定

03 / 洞川温泉街

大峯参りの基地として栄えてきた、洞川の温泉街。

洞川温泉 山上川.jpg
Photo by 伊勢雷堂2 (CC BY-SA 4.0)

洞川温泉街は、修験道の隆盛とともに大峯信仰の登山基地として栄えてきたと村公式は説明します。開け放たれた縁側は、大勢の山伏がいっぺんに旅館に上がれるようにしたもの。役行者が従えた「後鬼」の子孫の里とも伝えられています。

  • 大峯信仰の登山基地として栄えてきた
  • 開け放たれた縁側
  • 「後鬼」の子孫の里とも伝わる

くらし

下市口から、バスで54分。

  • 人口1千人規模
  • 郡部の町

町内に鉄道の駅はなく、村公式の案内は近鉄吉野線の下市口駅(大淀町)から奈良交通バスで天川川合へ。奈良交通の時刻表(2026年3月14日改正)では、毎日運転の便で天川川合まで54分、洞川温泉まで68分。人口は洞川473人、中央515人、西部183人(2026年2月末)。

住んでいる人
1,176人
19952020

2015年より −13.1%

2,310 → 1,176人

面積
175.66km²

うち可住地 4.85km²

2024年

世帯数
561世帯

1世帯 2.1人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所1

人口1万人あたり 8.5

2023年

面積175.66km²うち可住地4.85km² / 3%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 0園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの天川村34.242°N 135.855°E
東京天川村
  • 下市口まで路線バス54分

所要時間は奈良交通『奈良バスなびweb』(https://navi.narakotsu.co.jp/ )の区間検索時刻表。下市口駅(停留所コード1854)⇒天川川合(2005)と、逆向き。検索日は2026-10-15(平日ダイヤ)・2026-10-17(土曜ダイヤ)・2026-10-18(日曜・祝日ダイヤ)。下市口駅のりば(岩森・洞川温泉・中庵住方面)の標準発車時刻表PDF『2026年3月14日 改正』(保存 $SP/tenkawa/narakotsu_shimoichiguchi_22.pdf・PDF の作成日 2026-02-21)(2026-10-14 確認)。時間帯により異なります。

かたち

4市町村に、接している。

天川村の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

13.6km

五條市・川上村・上北山村・黒滝村

天川村は、こういう町です。

  1. 01泉の森は洞川湧水群の一つ。環境省の名水百選のページは、村の入口で鬼門に当たる御神木の奥の洞穴から清水が湧き、洞川湧水群は洞川財産区の管理下にあると記す
  2. 02栃尾観音堂の円空仏は村指定文化財。天河大辨財天社の能狂言面30面は重要文化財で、洞川は大峯信仰の登山基地として栄えてきた温泉街
  3. 03山上ヶ岳の大峯山寺と洞川の龍泉寺、双門の滝も村にある。大峯の山々は村公式が世界遺産と記し、大峯奥駈道は天川村を含む町村にまたがる国の史跡

気になったら、町に聞いてみませんか。