01 / 粟島の石造遺物群
内浦の観音寺の周辺を中心に、142基の板碑が確認されている。
板碑は、鎌倉から室町時代に先祖の追善や生前の逆修の供養のため造られた板石塔婆で、粟島のものは40〜60cmほどの石の平らな面に梵字などを刻みます。観音寺周辺を中心に142基が確認され、板碑を含む粟島の石造遺物群は1989年に県の有形文化財(考古資料)に一括指定されました。
- 板碑142基が確認
- 1989年 県有形文化財(考古資料)に一括指定
- 40〜60cm大の石に梵字を刻む
01 / 粟島の石造遺物群
板碑は、鎌倉から室町時代に先祖の追善や生前の逆修の供養のため造られた板石塔婆で、粟島のものは40〜60cmほどの石の平らな面に梵字などを刻みます。観音寺周辺を中心に142基が確認され、板碑を含む粟島の石造遺物群は1989年に県の有形文化財(考古資料)に一括指定されました。
02 / 仏崎

村公式は、康和年間(1099〜1104)の夏の夜、釜谷の漁師が海底の光に大モリを突き立て、突き上げたのが等身大の十一面観音像で、その岬が仏崎と名付けられたと記します。仏崎は海草が生えず、漁の網を入れない聖地とされ、新潟百景に選ばれた景勝です。
03 / 野馬公園の像

村公式によると、粟島には昭和のはじめまで野生馬が生息し、江戸時代の記録ではおよそ50〜60頭でした。源義経が奥州へ落ち延びる途中に解き放った馬が海を泳ぎ渡ったとの言い伝えもありますが、真偽のほどは定かではありません。明治期から数が減り、昭和7年に絶滅しました。
くらし
粟島に鉄道は無く、玄関口は粟島港です。粟島汽船のフェリーは岩船港(村上市)から95分。観光目的の車は島へ乗り入れできず、島内の移動はコミュニティバスやサイクリング、ウォーキングです。
2015年より −4.6%
474 → 353人
うち可住地 1.38km²
2024年
1世帯 2.1人
2020年
人口1万人あたり 28.3
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS

所要時間は島の町の決め(駅の無い町のバスの起点と同じ扱い。町内の玄関口の港へ乗り換えなしで着く船の起点を都市名に、事業者名だけを mode に。長崎の小値賀町・島根の海士町と同じ)。起点は岩船港(村上市)。粟島汽船公式『時刻表・運賃表』(https://awashimakisen.co.jp/schedule.html)の『時刻表 令和8年10月~令和9年2月(※9月17日修正)』PDFと『10月時刻表』PDF(2026-09-27作成のカレンダー形式。10月2日~11月1日の一部変更を反映)、『時刻表 令和8年3月~9月』PDFを2026-10-14に読んだ。就航船舶ページ(ships.html)は『フェリー ニュー あわしま 岩船〜粟島間 1時間35分』。(2026-10-14 確認)。時間帯により異なります。
かたち
南北のながさ
6.7km
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