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よみもの

47360 / いぜなそん

沖縄県 島尻郡

伊是名村

家畜が掘り返さぬよう、石を置いたという。

尚円王生誕地|みほそ所

Photo by Kugel (CC BY-SA 4.0)

01 / 銘苅家住宅

尚円の叔父の家と記される、赤瓦葺きの地頭職の家。

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Photo by えぬ (Public domain)

尚円の叔父の家と村の文化遺産サイトは記し、銘苅家は代々、伊是名の地頭職を務めました。門を入るとヒンプンが立ち、主屋と離れ座敷のほか、周囲の石積みの塀も残ります。建物は明治39年の再建で、1977年に国の重要文化財に指定されました。

  • 明治39年(1906)の再建
  • 1977年 国の重要文化財
  • 主屋・離れ座敷・石積みの塀

02 / 伊是名の神アサギ

地面と屋根のすき間は、わずか80センチほど。

神アサギは、豊穣や豊漁を祈る祭祀を執り行う建物で、伊是名・仲田・諸見・勢理客の4集落のものが県の有形民俗文化財です。8本の石の柱の上に直接屋根が載り、壁や床はありません。人が入る時に頭を下げるようにしていることなどが、低さの理由といいます。

  • 4集落の神アサギが県指定
  • 石の柱8本の上に屋根
  • すき間は80センチほど

03 / 逆田と通水

水が逆流したせいといわれる田は、上のため池のしみ出しで潤った。

逆田は、尚円が島を出るきっかけになった水田です。涸れた田より高いのに涸れないのは水が逆流したせいなどといわれましたが、実際は上の自然のため池からしみ出す水だったと村の文化遺産サイトは記します。通水は通水節発祥の地で、歌碑の公園があります。

  • 逆田は村指定史跡(1992年)
  • 通水は村指定史跡(1982年)
  • 田の上に小さな自然のため池

くらし

運天港から船で約55分、島の村。

  • 人口1千人規模
  • 郡部の町

伊是名村は主島の伊是名島と三つの無人島からなる村で、鉄道はありません。玄関口は仲田港です。村公式の時刻表では、フェリーいぜな尚円が今帰仁村の運天港との間を約55分で結び、1日2往復です。沖縄島の北にありながら、島尻郡に属します。

住んでいる人
1,322人
19952020

2015年より −12.9%

1,895 → 1,322人

面積
15.43km²

うち可住地 11.36km²

2024年

世帯数
637世帯

1世帯 2.1人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所2

人口1万人あたり 15.1

2023年

面積15.43km²うち可住地11.36km² / 74%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 1園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの伊是名村26.928°N 127.941°E
東京大阪伊是名村
仲田港
仲田港2017年
  • 運天までフェリーいぜな尚円55分

所要時間は伊是名村公式『島へのアクセス』(https://vill.izena.okinawa.jp/about/access/ ・2026-10-07 に読んだ。更新日の表示なし)の運航時刻表。フェリーいぜな尚円 伊是名(仲田港)⇔今帰仁(運天港)『運航時間 約55分』。1便 伊是名発9:00→運天着9:55・運天発10:30→伊是名着11:25、2便 伊是名発13:30→運天着14:25・運天発15:30→伊是名着16:25。(2026-10-07 確認)。時間帯により異なります。

かたち

0市町村に、接している。

伊是名村の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

10.5km

伊是名村は、こういう町です。

  1. 01尚円王生誕地の「みほそ所」は、諸見にある県指定史跡で、フクギとクバの大木のもとに石が置かれ、一説ではその1つの下に尚円のへその緒が埋められているといい、近くの潮平井は産湯を使った井戸と言い伝えられる
  2. 02伊是名玉御殿は尚円王の父尚稷らの墓所として国の重要文化財に指定され、伊是名城跡は県指定史跡で、具志川島で発掘された約3,000年前の貝輪着装人骨は村指定の有形民俗文化財である
  3. 03勢理客のティルクグチは旧暦8月11日の豊年祭の夜に歌い踊られてきた古謡で、村指定の無形民俗文化財であり、沖縄本島などでは行われず伊是名と伊平屋で見られると村の文化遺産サイトは記す

気になったら、町に聞いてみませんか。