Pinus densiflora form. Umbraculifera. habitat of Hiramatsu district. A.jpg
よみもの

25211 / こなんし

滋賀県

湖南市

根元近くで幹が分かれる松が、斜面に群れる。

平松のウツクシマツ自生地

Photo by さかおり (CC BY-SA 4.0)

01 / 天井川の隧道

旧東海道は、天井川の下を石の隧道で抜ける。

Ōsuna-gawa road tunnel 01.jpg
Photo by Motokoka (CC BY-SA 4.0)

川床が周囲より高い天井川の大沙川と由良谷川を、旧東海道が石造の隧道でくぐります。設けられたのは大沙川が明治17年(1884)、由良谷川が明治19年(1886)で、2本とも今も生活道です。大沙川は市の未指定リストが「県下最初の近代的隧道」と記し、堤に市指定の弘法杉が立ちます。

  • 明治17年(1884)
  • 明治19年(1886)
  • 市指定の弘法杉

02 / 鬼走り

赤鬼・青鬼・茶鬼に扮するのは、小学6年生ほどの男の子。

東寺の長壽寺で毎年1月の年頭に行われる悔過法会で、地元ではオコナイとも呼びます。鬼子と呼ばれる小学6年生ほどの男児が鬼に扮し、武具と松明を手に疫神を追い払う所作をします。村の成人式を兼ね、元は15歳の長男の役目でした。2026年3月に市の無形民俗文化財になりました。

  • 毎年1月の年頭
  • 鬼子は小学6年生ほど
  • 2026年に市指定

03 / 小島本陣

将軍と新選組の近藤勇の名が、石部宿の宿帳に記される。

石部宿の小島本陣には、泊まった人の名を記した宿帳が現存します。市の資料によれば、14代将軍家茂と15代将軍慶喜、新選組の近藤勇が利用したことが記されています。もう一つの三大寺本陣は、資料があまり残っていません。小島本陣の文書は、1985年に市指定になりました。

  • 宿帳が現存
  • 家茂・慶喜・近藤勇
  • 文書は1985年に市指定

くらし

石部と甲西、二つの町が一つになった市。

  • 人口5万人規模

2004年10月に石部町と甲西町が合併して生まれた市です。野洲川が市の中心を流れ、JR草津線の駅は石部・甲西・三雲の3つ。玄関口は、市の東庁舎に近い甲西駅で、北口から徒歩約7分です。

住んでいる人
54,460人
20052020

2015年より +0.3%

55,325 → 54,460人

面積
70.4km²

うち可住地 33.08km²

2024年

世帯数
22,498世帯

1世帯 2.4人

2020年

家賃(借家の平均)
4.7万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院2/診療所33

人口1万人あたり 6.4

2023年

面積70.4km²うち可住地33.08km² / 47%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 13園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

4市町村に、接している。

日本のなかの湖南市35.004°N 136.085°E
東京湖南市
湖南市の領域
境界:国土数値情報 N03湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

12.2km

甲賀市・竜王町・栗東市・野洲市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

湖南市は、こういう町です。

  1. 01根元近くから幹が分かれるアカマツの一品種、ウツクシマツが美松山の斜面に群生する平松の自生地は、1921年に国の天然記念物に指定され、市の保存活用計画は「全国でもここだけ」と記す
  2. 02旧東海道を横切る天井川の下には、大沙川に明治17年(1884)、由良谷川に明治19年(1886)に石造の隧道が設けられ、今も生活道として残る
  3. 03東寺の長壽寺では年頭に鬼子が鬼に扮する鬼走りが行われ、石部宿の小島本陣には宿帳が現存する。国宝の建造物のある三つの寺は「湖南三山」と呼ばれる

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。