01 / 吉祥寺村と西窪村
移り住んだ人たちが、前に住んだ土地の名を村の名にした。
万治2年(1659)に水道橋の吉祥寺門前町から、寛文2年(1662)に西久保城山町から、住民が五日市街道沿いの原野へ移り、開発を始めました。それぞれ前に住んでいた土地の名を付けて、吉祥寺村、西窪村となりました。
- 万治2年(1659)に水道橋から移住
- 寛文2年(1662)に西久保城山町から移住
- 前の土地の名が村の名に
01 / 吉祥寺村と西窪村
万治2年(1659)に水道橋の吉祥寺門前町から、寛文2年(1662)に西久保城山町から、住民が五日市街道沿いの原野へ移り、開発を始めました。それぞれ前に住んでいた土地の名を付けて、吉祥寺村、西窪村となりました。
02 / 甲辛供養塔

安養寺の門前にある石碑には、寛文5年(1665)の銘と、女性の名を混えた30数名の名が彫られています。市の解説書は、銘の人々を吉祥寺村の開発に関係の深い人物とし、うち10名は前年の同村検地帳にも見えるといいます。
03 / ケヤキ並木

大正13年(1924)、成蹊学園が池袋から移った際に、道路予定地へ2列のケヤキ並木が植えられました。ケヤキは武蔵野台地の特色ある樹木として選ばれ、約140本が並びます。市指定天然記念物です(昭和46年)。
いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます
広域(約6km四方)
近景(約1.5km四方)
いま(2019年6月〜11月撮影)1974〜78年撮影
出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))
くらし
JR中央線快速で、新宿から吉祥寺駅まで最短14分、東京駅から最短29分です(2026年10月のダイヤ。平日と土曜・休日で違い、遅いほうの値)。明治22年(1889)、吉祥寺・西窪・関前・境の4つの村が中心となって武蔵野村が生まれ、昭和22年(1947)に市になりました。
2015年より +3.7%
135,051 → 150,149人
うち可住地 10.98km²
2024年
1世帯 1.9人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 15.7
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS

所要時間はJR東日本の駅の時刻表(吉祥寺駅・中央本線 中央線快速 八王子・大月方面〈下り〉の平日・土曜休日の時刻表と、その列車ページ427枚)を2026-10-22に引き、東京・新宿の発から吉祥寺の着までを列車ごとに数えた(2026-10-23 確認)。時間帯により異なります。
気になったら、町に聞いてみませんか。