小金井市・武蔵小金井(広重の錦絵)
よみもの

13210 / こがねいし

東京都

小金井市

幹の空洞から、富士が見える桜の絵。

武蔵小金井|広重の錦絵

Photo by Utagawa Hiroshige (Public domain)

01 / 川崎平右衛門供養塔

桜を植えたと伝わる人の供養塔は、近隣7村の新田農民が建てた。

小金井市の川崎平右衛門供養塔
Photo by 遠枝 (CC BY-SA 4.0)

真蔵院の境内にある供養塔は、寛政7年(1795)に関野新田をはじめ近隣7村の新田農民が、代官川崎平右衛門の遺徳を偲んで造立しました。正面に川崎の戒名、側面に「川崎氏」と刻まれています。川崎らが、小金井橋を中心とする玉川上水の堤に桜を植えたと伝えられます。

  • 寛政7年(1795)の造立
  • 近隣7村の新田農民が造立
  • 市指定文化財

02 / 貫井神社の湧水

貫井神社の岩の間から、水が湧く。小金井の由来かは、都と市で見方が分かれる。

小金井市の貫井神社の湧水
Photo by Abasaa (Public domain)

国分寺崖線(はけ)の下の大きな岩の間から湧き、都の「東京の名湧水57選」に選ばれています。都環境局は「小金井」の由来と紹介しますが、市の文化財センター通信は、貫井が小金井の一部となったのは明治22年で、由来とするのは無理があると記します。

  • 東京の名湧水57選 No.29
  • 国分寺崖線(はけ)の岩の間から湧く
  • 「小金井」の由来は都と市の通信で見方が分かれる

03 / 旧浴恩館

京都で神官の更衣所に使われた建物が、昭和5年に浴恩館として開館した。

小金井市の旧浴恩館
Photo by 運動会プロテインパワー (CC BY-SA 4.0)

昭和3年(1928)の御大典の際、京都で神官の更衣所として使われた建物を、財団法人日本青年館が下賜を受け、分館として昭和5年に開館しました。名は宮内大臣の一木喜徳郎が付け、昭和6年から青年団講習所が開かれ、のち所長を下村湖人が務めました。

  • 昭和5年(1930)開館
  • 昭和6年から青年団講習所
  • 市指定史跡

空から見た小金井市

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2019年6月〜11月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

東京から武蔵小金井まで39分、新宿から24分。

  • 人口13万人規模
  • 都心まで30分

JR中央線の快速は、東京から武蔵小金井まで39分、新宿から24分です(2026年10月のダイヤ。平日の値で、土曜・休日は東京36分・新宿21分)。市役所へは武蔵小金井駅から徒歩7分で、市は、市内に大学や研究施設があり文教都市の性格が強いまちと紹介しています。

住んでいる人
126,074人
19952020

2015年より +3.9%

109,279 → 126,074人

面積
11.3km²

うち可住地 11.25km²

2024年

世帯数
63,182世帯

1世帯 2.0人

2020年

家賃(借家の平均)
7.2万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院5/診療所94

人口1万人あたり 7.9

2023年

ほとんど、平地。ほぼ全域が可住地(99.6%)
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 17園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの小金井市35.700°N 139.503°E
大阪小金井市
武蔵小金井駅
武蔵小金井駅2017年
  • 東京までJR中央線快速39分
  • 新宿までJR中央線快速24分

所要時間はJR東日本の駅時刻表(2610版)武蔵小金井駅 中央本線・中央線快速 下りの平日・土曜休日の列車ページを列車ごとに数えた値(2026-10-23 確認)。時間帯により異なります。

かたち

7市町村に、接している。

小金井市の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成

小金井市は、こういう町です。

  1. 01広重の錦絵『富士三十六景 武蔵小金井』は、玉川上水の堤の桜の老木を主役に描き、幹の空洞から遠く富士山が望める。名勝『小金井(サクラ)』は小金井・小平・武蔵野・西東京の4市にまたがり、大正13年に国の名勝に指定された
  2. 02川崎平右衛門供養塔は、寛政7年(1795)に近隣7村の新田農民が建てた市指定文化財。川崎らは玉川上水の堤に桜を植えたと伝えられる
  3. 03貫井神社の湧水は都の名湧水57選の一つで、大正12年には貫井の青年会が湧水を引いてプールを造った。旧浴恩館は昭和5年開館の建物で、市指定史跡

気になったら、町に聞いてみませんか。