立川市・六面石幢(普濟寺)
よみもの

13202 / たちかわし

東京都

立川市

仁王と四天王を刻んだ板石6枚で、六角の柱。

六面石幢|普濟寺

Photo by Nesnad (CC BY-SA 4.0)

01 / 分水

訴え出てから約50年、分水はようやく引かれた。

貞享5年(1688)、柴崎村は分水の開削を願う訴願状を伊豆韮山の代官所へ出しました。許可は約50年後の元文2年(1737)で、水は台地の上では飲み水に、台地の下では田の水や水車に使われ、いまも支流が開渠で流れます。

  • 1688年 訴願状
  • 1737年 許可
  • 市指定史跡

02 / 屋敷割

五日市街道と分水に沿って、短冊形の敷地が計画された。

立川市の屋敷割
Photo by 森のことり (CC BY-SA 4.0)

砂川分水は明暦3年(1657)に引かれました。砂川村は五日市街道と分水に沿い、敷地が短冊形に並ぶよう計画的につくられ、分水は道沿いをまっすぐ流れます。村には一番組から十番組までの組がありました。

  • 1657年 砂川分水
  • 短冊形の敷地
  • 一番組〜十番組

03 / 大幟

幟幡の長さ14.6m、竿は約22mの大幟。

江戸時代末期、砂川では神社の祭礼で、豊作を願って大幟を掲げていました。十番組の大幟は嘉永元年(1848)の作で、幟幡は長さ14.6m・幅2.2m、竿は約22m。関東地方でも最大級の大きさといわれると市は記します。幟幡の「御祭禮」は、谷保村の書家、本田覚庵の筆です。

  • 幟幡14.6m
  • 竿 約22m
  • 1848年

空から見た立川市

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2019年6月〜11月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

新宿まで、特急で最速20分。

  • 人口18万人規模
  • 都心まで30分

JR立川駅から新宿駅まで、毎日運転の特急で最速20分、中央特快で平日最速26分です(2026年10月のダイヤ)。市役所へは、多摩モノレールの高松駅から歩いて約10分、JR立川駅北口からは徒歩25分程度と市は案内しています。

住んでいる人
183,581人
19952020

2015年より +4.1%

157,884 → 183,581人

面積
24.36km²

うち可住地 24.33km²

2024年

世帯数
89,727世帯

1世帯 2.0人

2020年

家賃(借家の平均)
6.8万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院8/診療所183

人口1万人あたり 10.4

2023年

ほとんど、平地。ほぼ全域が可住地(99.9%)
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 32園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの立川市35.714°N 139.408°E
大阪立川市
立川駅
立川駅2016年
  • 東京までJR特急38分
  • 新宿までJR特急20分

所要時間はJR東日本の駅の時刻表(立川駅 中央本線・中央線快速 八王子・大月方面〈下り〉の平日・土曜休日、2026年10月版〈URL の版は 2610〉)から、東京駅・新宿駅の発→立川駅の着を列車ページ449枚で数えた(docs/handoff/tools/jr_count.py を作業用に写して絞りを変えて使用)(2026-10-23 確認)。時間帯により異なります。

かたち

8市町村に、接している。

立川市の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成

立川市は、こういう町です。

  1. 01普濟寺の六面石幢は、仁王と四天王を刻んだ6枚の板石を六角の柱状に組んだもので、延文6年(1361)に建てられた国宝
  2. 02柴崎分水は、1688年の訴願状から約50年後に許可された。砂川村は、五日市街道と砂川分水に沿って敷地が短冊形に並ぶよう計画された
  3. 03砂川十番組の大幟は嘉永元年(1848)の作で、幟幡は長さ14.6m、竿は約22m

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

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