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よみもの

31384 / ひえづそん

鳥取県 西伯郡

日吉津村

拝殿の上部に、龍が三体彫られている。

蚊屋島神社「龍の彫刻」

Photo by Asturio Cantabrio (CC BY-SA 4.0)

01 / 蚊屋島神社

かつて29ヶ村の氏子を有した社に、明治期に整えられた境内がある。

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Photo by Asturio Cantabrio (CC BY-SA 4.0)

拝殿と向拝の上部には龍が計三体彫られ、松江藩主に木工方として仕えた小林如泥の晩年の作と伝えられる。蚊屋庄大社として29ヶ村の氏子を有した社で、明治元年建築の本殿など8件が国登録有形文化財。

  • 龍の彫刻は計三体(村指定文化財)
  • 29ヶ村の氏子を有した(神社庁)
  • 本殿など8件が国登録有形文化財

02 / 伯州綿栽培用具

砂地の綿作に使った鍬や桶を、村の資料館が所蔵する。

砂地の綿作は、日吉津村では明治期に全盛期を迎えた。民俗資料館には水やりの「水汲桶」、収穫の「綿かご」のほか、種をまく溝を引く「綿まき鍬」が所蔵される。村所蔵の18点は県指定有形民俗文化財。

  • 綿作の全盛は明治期
  • 村所蔵18点が県指定有形民俗文化財(2023年)
  • 農書『綿圃要務』に同じ鍬は確認できない(県・2008年)

03 / 御新田開発碑

冬のカンナ流しの泥水を引き、砂地に新田を造った。

今吉村新田は約40ヘクタール。日野川右岸の荒地に着目した植田彦三郎が、日野川上流の冬のカンナ流しの泥水を井手で導き、砂地に流し込んだ。作業は弘化2年(1845)から10年以上続き、新しい村は今吉村と命名された。

  • 新田は約40ヘクタール
  • 1845年から10年以上の造成
  • 日野川上流の冬のカンナ流しの泥水を利用

くらし

面積4.20km²、米子市に囲まれた海辺の村。

  • 人口4千人規模
  • 郡部の町

東西1.8km・南北2.9kmの村で、北は日本海に面し、西は日野川が流れます。最寄りの鉄道駅は米子市の伯耆大山駅。米子駅からは日ノ丸自動車・日本交通の循環バス「まいにちループ」が村内も回ります。周辺自治体との合併ではなく単独での存続を選び、待機児童ゼロを掲げて子育て支援に力を入れています。

住んでいる人
3,501人
19952020

2015年より +1.8%

2,760 → 3,501人

面積
4.2km²

うち可住地 4.13km²

2024年

世帯数
1,243世帯

1世帯 2.8人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所5

人口1万人あたり 14.3

2023年

ほとんど、平地。ほぼ全域が可住地(98.3%)
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 1園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

1市町村に囲まれ、ほとんどが平地。

日本のなかの日吉津村35.440°N 133.381°E
東京大阪日吉津村
日吉津村の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

3.0km

米子市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

日吉津村は、こういう町です。

  1. 01日吉津村は、拝殿の上部に龍が三体彫られた蚊屋島神社がある、日野川の下流の村です。
  2. 02砂地の綿作に使った「綿まき鍬」などを民俗資料館が所蔵し、今吉には日野川上流のカンナ流しの泥を引いて開いた新田の碑があります。
  3. 03北は日本海に面し、ほかを米子市に囲まれた面積4.20km²の村で、単独での存続を選んできました。

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

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