01 / 淀江傘
最後の製造者が廃業したあとも、技は伝承の会に引き継がれた。
文政4年(1821)、倉吉から来た倉吉屋周蔵が傘屋を開いたのが起こりといわれる。大正には製造業者71軒、年17万本が西日本一帯へ出荷された。1984年に最後の製造者が廃業したが、技は淀江傘伝承の会が受け継ぎ、いまは3人の職人が作る。
- 1821年 倉吉屋周蔵が傘屋を開いたといわれる
- 大正時代 製造業者71軒・年間17万本
- 1984年 最後の製造者が廃業
- 市指定無形文化財(掲載2026年9月)
01 / 淀江傘
文政4年(1821)、倉吉から来た倉吉屋周蔵が傘屋を開いたのが起こりといわれる。大正には製造業者71軒、年17万本が西日本一帯へ出荷された。1984年に最後の製造者が廃業したが、技は淀江傘伝承の会が受け継ぎ、いまは3人の職人が作る。
02 / 後藤家住宅

正徳4年(1714)ごろの建築。主屋は面積の約半分を店が占め、加茂川(外堀)沿いは直接、物資を搬出入できる。江戸時代に藩の米や鉄を船で運ぶ特権を与えられていた廻船問屋の屋敷で、国の重要文化財。内部は非公開。
03 / 天の真名井

大山の麓に湧く泉。「真名井」は神聖な井戸を指し、最上級の敬称が「天の真名井」と市は伝える。湧水量は日量2,500トンで、生活用水や農業用水に使われる。環境省の名水百選に指定。水質は変わることもあり、生水は飲まず、沸かして。
くらし
米子市は鳥取県西部、中海に面し、大山の麓に広がります。皆生温泉は、1900年に皆生海岸の浅瀬に湧く熱湯を漁師が偶然見つけたのが始まりで、「日本のトライアスロン発祥の地」ともいいます。淀江町の上淀では、藁で作った大蛇のような綱を使う八朔綱引きが、毎年9月第1日曜に行われてきました。2005年、淀江町を編入しました。
2015年より −1.3%
149,584 → 147,317人
うち可住地 98.97km²
2024年
1世帯 2.4人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 12.0
2023年
人口は2005年以降(市域変更)。2005-03-31 に合併。2005年調査から市域が変わっている。
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS

所要時間はJR西日本公式「JRおでかけネット」サンライズ瀬戸・サンライズ出雲の時刻表PDF(jikokuhyo.pdf・PDF作成2026-02-25)。下り5031M(サンライズ出雲の欄):東京発21:26→米子着9:05。日本交通公式「米子~神戸・大阪線 時刻表」(2026年3月20日一部改正)。神戸・大阪発(米子行き)50便:大阪梅田8:30発→米子駅前12:05着(2026-09-29 確認)。時間帯により異なります。
かたち
南北のながさ
14.1km
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