01 / 泥塔窯
平安時代後期に、宝塔形の泥塔を山中の窯で焼いた。
舂米の権現堂山の中腹で、宝塔形の泥塔を焼いた窯跡が見つかりました。町の報告書は平安時代後期のものとし、窯は2基。出土した泥塔一括は県指定で、員数は1,088点です。同じ舂米の明王寺には、貞応3年(1224)銘の鰐口が国の重要文化財として伝わります。
- 窯は2基
- 泥塔 1,088点(県指定)
- 鰐口 貞応3年(1224)銘
01 / 泥塔窯
舂米の権現堂山の中腹で、宝塔形の泥塔を焼いた窯跡が見つかりました。町の報告書は平安時代後期のものとし、窯は2基。出土した泥塔一括は県指定で、員数は1,088点です。同じ舂米の明王寺には、貞応3年(1224)銘の鰐口が国の重要文化財として伝わります。
02 / 校舎

明治9年(1876)9月に竣工した木造2階建ての校舎で、県指定の建造物です。屋上の六角形の塔屋から太鼓を打ち鳴らして時を告げ、「太鼓堂」の愛称で親しまれてきました。県は、いわゆる藤村式建築の外観をよく残すと記します。町の沿革では、のちに移築と改築を経ています。
03 / 河岸
鰍沢河岸は、江戸時代初めに開かれた富士川水運の船着き場です。国道の工事に伴う発掘で、御米蔵の前から荷積み台が見つかり、幅は江戸時代が1.2〜1.5m、明治時代が50〜80cmでした。荷が米俵から塩などへ移ったためと考えられています。
くらし
町内にJR・私鉄の駅は無く、新宿から高速バスで青柳まで165分です。町のコミュニティバスは、隣の市川三郷町の鰍沢口駅と町内を、月〜金の朝夕に結びます。
2015年より −7%
16,307 → 14,219人
うち可住地 20.05km²
2024年
1世帯 2.5人
2020年
人口1万人あたり 9.1
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS
所要時間は山梨交通(運行は山梨交通・京王バス)の事業者公式「身延・南アルプス⇔新宿線」の時刻表(ページの表示は 2026-10-08 19:43 現在)。新宿→青柳は 16:25発→19:10着(YK1703)・17:45発→20:30着(YK1705)がどちらも165分、青柳→新宿は 6:36発→9:21着(YK1702)・8:16発→11:01着(YK1704)がどちらも165分。町公式『交通アクセス』のアクセスマップ(令和3年10月作成のPDF)は高速バスを『バスタ新宿(南口)→新宿〜身延山 約2時間35分→青柳→約5分→鰍沢本町』と載せ、停留所の青柳・鰍沢本町が町内であることと合う(2026-10-08 確認)。時間帯により異なります。
かたち
南北のながさ
12.9km
気になったら、町に聞いてみませんか。