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よみもの

23424 / おおはるちょう

愛知県 海部郡

大治町

塔なのに、一層しかない。

明眼院旧多宝塔

Photo by Asturio Cantabrio (CC BY-SA 4.0)

01 / 検地の写し

尾張藩で最初の検地のとき、村方に残された写しが寺にある。

慶長13年(1608)、伊奈備前守忠次らを奉行に、尾張藩で最初の検地が行われました。そのとき村方に残された1通の写し「尾州海東郡馬嶋村薬師領御縄打帳」を、明眼院が蔵します。田畑の品等・面積・所有者の名があげられ、現在の土地台帳にあたります。

  • 慶長13年(1608)の検地
  • 町指定(1991年)
  • 1綴

02 / 遠州書状

小堀遠州が明眼院で目の治療を受けていたと、書状が語る。

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Photo by Odagiri Shunkō (Public domain)

小堀遠州(1579〜1647)が明眼院に宛てた書状は、住職との親しい交流と、遠州が明眼院で目の治療を受けていたことを伝えます。町の指定文化財(1991年)です。寺の庭は、遠州が作庭したと伝わります。写真は『尾張名所図会』に描かれた明眼院の後庭の絵です。

  • 町指定(1991年)
  • 1579〜1647
  • 庭は遠州の作庭と伝わる

03 / 仁王像

門の左右に立つ2躯の仁王像は、鎌倉時代の作。

Oharu Myogen-in two nio statues ac (1).jpg
Photo by Asturio Cantabrio (CC BY-SA 4.0)

町教委によると、門の左右に立ち、両目を見開いた怒りの相で寺域を守る像です。向かって右の阿形像は口を大きく開き、左の吽形像は口を閉じ、左右逆の姿勢をとります。阿形の左腰に刻まれた渦巻きが特徴です。2011年に町の指定文化財になりました。

  • 鎌倉時代
  • 2躯
  • 町指定(2011年)

くらし

町に駅は無い。名鉄バスセンターから、バスで約25分。

  • 人口3万人規模
  • 郡部の町

町内に鉄道の駅は無く、町公式のアクセス案内は、名鉄バスセンター3番のりばから津島行か大坪行(ともに安松経由)に乗り、大治役場前で降りて北へ徒歩5分、バスの所要時間は約25分としています。地下鉄中村公園駅からは、バスで約10分です。

住んでいる人
32,399人
19952020

2015年より +4.5%

24,724 → 32,399人

面積
6.59km²

うち可住地 6.59km²

2024年

世帯数
13,468世帯

1世帯 2.4人

2020年

家賃(借家の平均)
5.1万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院0/診療所14

人口1万人あたり 4.3

2023年

ほとんど、平地。ほぼ全域が可住地(100.0%)
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 3園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

2市町村に囲まれ、ほとんどが平地。

日本のなかの大治町35.175°N 136.820°E
東京大治町
大治町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

3.7km

あま市・名古屋市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

大治町は、こういう町です。

  1. 01明眼院旧多宝塔は、方三間の多宝塔であったがいまは上層を欠く、国の登録有形文化財(2014年10月7日登録)で、町は大日如来坐像を安置することから「大日堂」とも呼ばれると紹介する
  2. 02慶長13年(1608)の検地の写し「尾州海東郡馬嶋村薬師領御縄打帳」と小堀遠州書状(ともに1991年指定)、鎌倉時代の木造仁王像(2011年指定)は、いずれも明眼院が蔵する町の指定文化財
  3. 03大治町は濃尾平野の南西部にあり、名古屋市中村区・中川区・あま市に囲まれた面積6.59km²の町で、1889年に12か村が合併して大治村となり、1975年に町制を施行した

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

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