龍ケ崎市・来迎院多宝塔
よみもの

08208 / りゅうがさきし

茨城県

龍ケ崎市

相輪に刻まれた、修築の年と職人たち。

来迎院多宝塔

Photo by 小石川人晃 (CC BY-SA 4.0)

01 / 機関車

久米島へ売られた蒸気機関車を、発送の前に、市が買い戻した。

龍ケ崎市の機関車
Photo by Suikotei (CC BY 4.0)

龍崎鉄道を走ったC型タンク蒸気機関車で、大正14年(1925)の製造です。昭和46年(1971)に廃車となり、観光開発のため久米島へ売却されましたが、市が歴史的価値を惜しみ、発送の前に買い戻しました。いまは歴史民俗資料館の敷地内に置かれています。

  • 大正14年(1925)製のC型タンク機関車
  • 昭和46年(1971)に廃車・久米島へ売却
  • 市指定の歴史資料(2016年)

02 / 石柱

伊達政宗の加増を受けて陣屋が置かれ、「仙臺領」の石柱が二基残る。

慶長11年(1606)、仙台藩主の伊達政宗は常陸国の河内郡と信太郡で計1万石の加増を受け、龍ケ崎に陣屋が置かれました。「仙臺領」と刻まれた石柱は、市が知行地の四隅の標柱と考えるもので、残るのは歴史民俗資料館の二基のみです。

  • 慶長11年(1606)に計1万石の加増
  • 陣屋は幕末まで龍ケ崎に置かれた
  • 市指定の歴史資料(1978年)

03 / 道標

三叉路の道標の裏に、宿の老人たちが読経一巻ごとに一文を積んだと刻まれる。

市立馴柴小学校の北東隅の三叉路に立ち、3面に「水戸16里」「江戸13里」「布川3里」と刻まれています。裏面には、旅人が迷いやすいため若柴宿の老人たちが普門品一巻を読むごとに一文ずつ積み立て、文政9年(1826)に建てたとあり、15名の村人の名が記されています。

  • 水戸16里・江戸13里・布川3里
  • 文政9年(1826)12月に建立
  • 市指定の史跡(1978年)

空から見た龍ケ崎市

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2008年5月〜9月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

上野まで32分、東京まで39分。

  • 人口8万人規模

面積は78.59km²。北部は稲敷台地、南部は利根川と小貝川にはさまれた沖積平野です。JR常磐線の龍ケ崎市駅からは、夜の特急ときわで上野まで32分、東京まで39分。旧龍ケ崎町の区域の住所には、市役所の「龍ケ崎市3710番地」のように町名がありません。

住んでいる人
76,420人
19952020

2015年より −2.5%

69,163 → 76,420人

面積
78.59km²

うち可住地 68.56km²

2024年

世帯数
32,158世帯

1世帯 2.4人

2020年

家賃(借家の平均)
4.5万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院3/診療所44

人口1万人あたり 6.2

2023年

面積78.59km²うち可住地68.56km² / 87%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 13園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの龍ケ崎市35.912°N 140.182°E
大阪龍ケ崎市
龍ケ崎市駅
龍ケ崎市駅2023年
  • 東京まで特急ときわ39分
  • 上野まで特急ときわ32分

所要時間はJR東日本「駅の時刻表」(timetables.jreast.co.jp)の龍ケ崎市駅・常磐線の下り(土浦・水戸方面)の平日と土曜・休日の時刻表(2026年10月ダイヤ・URL の版は 2610)。各列車の「停車駅一覧」ページで品川・東京・上野・北千住の「発」時刻と龍ケ崎市の「着」時刻を引いて分数を出した(第2段で数え直し。第1段は途中駅の着時刻を使っていて東京・上野が2分長かった)。運転日のカレンダー(2026-09-18〜12-31)が全日「運転」で、運転日注意の印(◆)も『平日運転』などの注記も無い列車だけ数えた(平日と土曜・休日の両方の時刻表に載り、分数が同じ)(2026-10-22 確認)。時間帯により異なります。

かたち

7市町村に、接している。

龍ケ崎市の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

龍ケ崎市は、こういう町です。

  1. 01来迎院の多宝塔は、相輪の銘文によると弘治2年(1556)に江戸崎城主の土岐治英が修築し、職人たちが多数参加した三間多宝塔で、市の一覧では国の重要文化財に指定されている
  2. 02龍崎鉄道を走った4号機関車は、売却先の久米島へ送られる前に市が買い戻して歴史民俗資料館に置かれ、龍崎鉄道の社長だった諸岡良佐の煉瓦門も市民の手で市内に移された
  3. 03伊達政宗の加増で陣屋が置かれた龍ケ崎には仙台領柱が残り、若柴宿の三叉路には読経で積み立てた道標が立つ。根町の撞舞は、国の選択と県の指定を受けた伝統芸能である

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。