牛久市・改善一歩の道標(小川芋銭)
よみもの

08219 / うしくし

茨城県

牛久市

名前の代わりに、四文字を刻んだ石柱。

改善一歩の道標|小川芋銭

Photo by On-chan (CC BY-SA 3.0)

01 / 校舎

建坪104坪、建築費7,500円で建った昭和14年の木造校舎。

牛久市の校舎
Photo by painreef3108 (CC BY 3.0)

旧岡田小学校女化分校は、明治31年創立の私立女化尋常小学校を前身とし、昭和47年3月に閉校しました。校舎は平成30年5月、市内で初めて国登録有形文化財になりました。市のガイドブックには、地域の運動会で縄ないの速さを競ったとあります。

  • 昭和14年築の木造校舎
  • 国登録有形文化財(平成30年5月)
  • 昭和32年に138人が通った

02 / 古墳

前方後円墳の上に、愛知の豊川稲荷から勧請された稲荷社が建つ。

牛久市の古墳
Photo by 小石川人晃 (CC BY-SA 4.0)

蛇喰古墳は全長約45mの前方後円墳で、発掘調査は行われていません。墳丘の上の神谷稲荷神社は、ワイン生産と商売繁盛を祈願して建てられ、牛久シャトーを建設した神谷傳兵衛の出身地、愛知県の豊川稲荷から明治35年に勧請されました。

  • 全長約45mの前方後円墳
  • 明治35年(1902)に勧請
  • 日本遺産の構成文化財(市)

03 / 宿場

人と馬の交代を手配する問屋役が、牛久宿の運営の中心を担った。

旧飯島家は、江戸時代に麻屋の屋号で旅籠屋を営み、牛久宿の問屋役を務めました。主屋は明治4年の建築で、明治17年には明治天皇の行在所となりました。蔵は大正6年の建築です。国登録有形文化財ですが、通常は非公開です。

  • 主屋は明治4年築
  • 国登録有形文化財(令和8年7月9日付)
  • 通常は非公開

空から見た牛久市

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2022年11月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

上野まで36分、東京まで43分。

  • 人口8万人規模

面積は58.92km²で、市は首都東京から50kmの距離にあり、常磐線と国道6号に近い立地から、衛星都市として宅地の開発が進んだと記します。牛久駅から特急ときわで上野まで36分、東京まで43分です(特急料金が必要)。市役所へは駅の東口からコミュニティバスで3分です。

住んでいる人
84,651人
19952020

2015年より +0.4%

66,338 → 84,651人

面積
58.92km²

うち可住地 47.06km²

2024年

世帯数
35,195世帯

1世帯 2.4人

2020年

家賃(借家の平均)
5.6万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院2/診療所61

人口1万人あたり 7.4

2023年

面積58.92km²うち可住地47.06km² / 80%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 16園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの牛久市35.979°N 140.150°E
大阪牛久市
牛久駅
牛久駅2020年
  • 上野まで特急ときわ36分
  • 東京まで特急ときわ43分

所要時間はJR東日本の駅の時刻表・牛久駅(常磐線 土浦・水戸方面〈下り〉の平日・土曜休日、2026年10月ダイヤ。各列車の停車駅一覧で起点の発時刻と牛久の着時刻の差を数えた)。運行日はどの列車も 2026-09-18〜12-31 の全日(運行日のカレンダーで全日が太字)(2026-10-22 確認)。時間帯により異なります。

かたち

5市町村に、接している。

牛久市の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

10.7km

牛久市は、こういう町です。

  1. 01改善一歩の道標は、小川芋銭が建設費を寄附し、芋銭の希望で名前の代わりに「改善一歩」と刻まれた石の柱で、市は2013年の広報で7柱が市内に残ると記した
  2. 02旧岡田小学校女化分校校舎は昭和14年築の木造校舎で、蛇喰古墳の上には愛知県の豊川稲荷から勧請された神谷稲荷神社が建っている
  3. 03旧飯島家住宅は、牛久宿で人と馬の交代を手配する問屋役を務めた旅籠屋の家で、主屋・蔵・門及び塀が令和8年7月9日付で国登録有形文化財に登録された

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。