01 / 寺院跡
金堂の東西に塔を配した、奈良時代の寺の跡。
新治廃寺跡は、奈良時代に常陸国新治郡に造られた寺の跡で、国の史跡です。昭和14年からの発掘で、東塔・金堂・西塔が一直線に並ぶ伽藍配置と分かりました。東塔跡の基壇上には塔心礎があり、文字瓦も出土しています。近くには、郡役所と倉庫の跡の新治郡衙跡も国史跡です。
- 昭和17年に国史跡
- 東塔・金堂・西塔が一直線
- 昭和14年から発掘調査
01 / 寺院跡
新治廃寺跡は、奈良時代に常陸国新治郡に造られた寺の跡で、国の史跡です。昭和14年からの発掘で、東塔・金堂・西塔が一直線に並ぶ伽藍配置と分かりました。東塔跡の基壇上には塔心礎があり、文字瓦も出土しています。近くには、郡役所と倉庫の跡の新治郡衙跡も国史跡です。
02 / 近代建築

荒川家住宅は、筑西市田町の国道50号沿いに店蔵と洋館が建つ、国登録有形文化財です。主屋は昭和8年のアールデコ調の洋館で、方形屋根が帝冠様式的な雰囲気を感じさせると市は記します。店蔵は明治40年の土蔵造り2階建て。内蔵の壁には松と鶴の鏝絵があります。
03 / 生家

板谷波山の生家は、県指定の史跡です。木造瓦葺き平屋建てで、座敷2間は江戸時代中期の建築。現存する座敷は波山が生まれた部屋と市は記します。板谷家は田町通りで醤油醸造を営んだ旧家で、昭和12年に町道の開通で移転しました。記念館には、田端の工房で使われた丸窯が移築されています。
いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます
広域(約6km四方)
近景(約1.5km四方)
いま(2021年5月撮影)1974〜78年撮影
出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))
くらし
市は、東京から北へ約70kmの県西部に位置し、おおむね平坦で、鬼怒川・小貝川などが南北に貫流する肥沃な田園地帯と紹介します。平成17年3月、下館市・関城町・明野町・協和町が合併して生まれました。東西にJR水戸線が走り、下館駅から関東鉄道常総線が南へ延びます。
2015年より −3.7%
112,581 → 100,753人
うち可住地 193.43km²
2024年
1世帯 2.7人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 8.4
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
気になったら、町に聞いてみませんか。