下妻市・小島草庵跡
よみもの

08210 / しもつまし

茨城県

下妻市

親鸞が、3年とどまったと伝わる地。

小島草庵跡

Photo by ktakobo (CC BY-SA 1.0)

01 / 水門

東西二つのレンガ水門が、上流の水を等分する構造。

宗任神社の裏手にある分水施設で、鬼怒川と小貝川にはさまれた地域のかんがい用に、明治33年(1900)に設けられました。中央のせき柱の上流側は船の先端のような水切りの形で、レンガには明治31年開業の下妻の煉瓦工場製を示す「∴」の刻印があります。

  • 国登録有形文化財(2015年)
  • 土木学会選奨土木遺産(2016年)
  • 明治33年(1900)に設置

02 / 本殿

擬宝珠の銘から、下妻城主の多賀谷尊経が建立したと分かる本殿。

下妻市の本殿
Photo by MChew (CC BY-SA 4.0)

大宝八幡宮の本殿は三間社流造で、天正5年(1577)に下妻城主の多賀谷尊経が建立したことが、回廊の高欄の擬宝珠によって知られます。市は、桃山時代初期の地方的建築を示す貴重な遺構で、派手な装飾はなく落ち着いたたたずまいと記します。

  • 国指定重要文化財(明治39年指定)
  • 三間社流造
  • 天正5年(1577)の建立

03 / 碑

御神木を売った代金で、中学校の校舎を建てた経緯を刻む碑。

鎌庭東公民館の敷地は青龍権現社の旧址で、7本の大木が立っていました。戦後、大形中学校の校舎の建設にあたり、鎌庭地区の人々は先祖から守り伝えた御神木を伐採し、その売却益を建設費にあてました。その経緯を刻んだのがこの碑です。

  • 市指定歴史資料(2002年)
  • 7本の大木
  • 売却益を校舎建設費に

空から見た下妻市

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2021年5月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

関東鉄道常総線の4駅が、市を南北に結ぶ。

  • 人口4万人規模

面積は80.88km²で、中央に砂沼、東に小貝川、西に鬼怒川があります。関東鉄道常総線が市内を南北に縦断し、宗道・下妻・大宝・騰波ノ江の4駅が置かれています。南は守谷駅でつくばエクスプレス線、取手駅でJR常磐線に、北は下館駅でJR水戸線と真岡鉄道に接続します。

住んでいる人
42,521人
2010

2015年より −1.8%

44,987 → 42,521人

面積
80.88km²

うち可住地 77.73km²

2024年

世帯数
16,407世帯

1世帯 2.6人

2020年

家賃(借家の平均)
4.3万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院3/診療所25

人口1万人あたり 6.6

2023年

ほとんど、平地。ほぼ全域が可住地(96.1%)
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103

人口は2010年以降(市域変更)。2006-01-01 に編入合併(千代川村)。2010年調査から市域が変わっている。

待機児童
—保育所等 6園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

4市町村に囲まれ、ほとんどが平地。

日本のなかの下妻市36.184°N 139.968°E
大阪下妻市
下妻市の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

12.6km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

下妻市は、こういう町です。

  1. 01小島草庵跡は市指定史跡で、親鸞が妻の恵信尼とともに3年間とどまり、初めて関東に真宗念仏を伝えたといわれる地にあり、古碑と「稲田恋しの銀杏」が残る
  2. 02宗任神社の裏手の江連用水旧溝宮裏両樋は明治33年のレンガ造りの分水施設で、大宝八幡宮の本殿は擬宝珠の銘から天正5年の建立と分かる
  3. 03鎌庭の青龍権現老樹碑は、戦後に御神木を伐って売った代金で中学校の校舎を建てた経緯を刻み、市の歴史資料に指定されている

気になったら、町に聞いてみませんか。