利根町・立木貝塚
よみもの

08564 / とねまち

茨城県 北相馬郡

利根町

貝塚の砂丘から、土偶が出た町。

立木貝塚

Photo by 国立文化財機構 (CC BY 4.0)

01 / 旧居

布川の医者が書いた『利根川図志』。著者の生家が、復元されている。

赤松宗旦は布川で医業を営むかたわら、利根川流域の歴史・伝説・地理などを調べ、『利根川図志』にまとめました。旧居跡はその生家を復元したもので、町指定文化財です。町は、柳田國男が少年時代にこの本を読み、民俗学を志すきっかけになったと記します。

  • 『利根川図志』の著者の生家を復元
  • 町指定文化財
  • 1858年に『利根川図志』を完成

02 / 古道

国府どうしを結ぶ道の一部と考えられる下ノ道が、里山にある。

利根町の古道
Photo by 茨城 とね (CC BY-SA 4.0)

町は、町内の鎌倉街道は下総国府(千葉県市川市)から常陸国府(石岡市)に通じる道の一部だったと考えられ、三つある主道のうち下ノ道にあたると記します。観光情報は、もえぎ野台5丁目北東部の里山に今なお残されていると紹介しています。

  • 下総国府から常陸国府へ通じる道の一部と考えられる
  • 主道三つのうち下ノ道
  • もえぎ野台5丁目北東部

03 / 絵馬

利根川の河岸のにぎわいを描いた絵馬に、寄進者およそ140名の名が記される。

利根町の絵馬
Photo by Suikotei (CC BY-SA 4.0)

金刀比羅神社には、天保14年(1843)に奉納された布川河岸絵馬があり、利根川の河岸として栄えた布川の様子が描かれています。町によると、当時の布川河岸は木下河岸と呼応するにぎわいで、裏面の寄進者およそ140名の名から河岸関係者が推測できます。

  • 天保14年(1843)奉納
  • 寄進者およそ140名
  • 金刀比羅神社

空から見た利根町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2008年5月〜9月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

駅の無い町へ、取手駅からバスで。

  • 人口2万人規模
  • 郡部の町

町内に鉄道の駅はありません。町公式の公共交通ガイドマップ(2024年改訂)では、大利根交通の路線バスが取手駅と、羽根野・北方車庫・もえぎ野台・立崎・利根ニュータウン東を結んでいます。役場は布川にあります。

住んでいる人
15,340人
19952020

2015年より −6%

20,202 → 15,340人

面積
24.86km²

うち可住地 24.2km²

2024年

世帯数
6,258世帯

1世帯 2.5人

2020年

家賃(借家の平均)
5.0万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院0/診療所9

人口1万人あたり 5.9

2023年

ほとんど、平地。ほぼ全域が可住地(97.3%)
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 3園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

6市町村に囲まれ、ほとんどが平地。

日本のなかの利根町35.858°N 140.139°E
大阪利根町
利根町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

5.1km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

利根町は、こういう町です。

  1. 01立木貝塚は、ヤマトシジミ・マシジミの貝塚で、東西150m・南北50m。町は、土偶が出土する遺跡として知られると記す
  2. 02赤松宗旦旧居跡は、『利根川図志』の著者の生家を復元した町指定文化財で、室内に『利根川図志』・『銚子日記』などを展示している
  3. 03鎌倉街道は下ノ道にあたると考えられる里山の道で、金刀比羅神社には天保14年(1843)の布川河岸絵馬がある

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。