舟形町・縄文の女神(西ノ前遺跡)
よみもの

06363 / ふながたまち

山形県 最上郡

舟形町

道路の予定地に、45cmの女神が眠っていた。

縄文の女神|西ノ前遺跡

Photo by Saigen Jiro (CC0)

01 / 発掘

道路の建設に先立つ調査で、五つの破片が三日間に見つかった。

舟形町の発掘
Photo by Saigen Jiro (CC0)

平成4年の緊急発掘調査は、国道13号尾花沢新庄道路の建設に先立って行われました。8月上旬の3日間に、頭部・胸部・腰部・脚部の5片に分かれた土偶が、半径3メートルほどの範囲から見つかりました。

  • 平成4年8月4日〜6日に出土
  • 5片に分かれて見つかった
  • 発掘調査は延べ78日間

02 / 和紙

長沢和紙は、昭和39年頃に途絶え、昭和57年に町の勧めで漉かれはじめた。

町の文化遺産集によると、起源は不詳で、長沢楯主の家臣が紙漉きの法を伝えたといわれます。昭和39年頃に途絶えましたが、昭和57年に町の勧めで長沢の大場秀子氏が漉きはじめ、小中学校の卒業証書のすかしにも使われました。

  • 町指定無形文化財(工芸技術)
  • 原料は楮の白皮
  • 昭和57年に町の勧めで漉きはじめた

03 / 天然記念物

猿羽根楯跡の親杉は、山形県の天然記念物である。

山形県は猿羽根楯跡の親杉を天然記念物に指定しています。町の指定一覧では猿羽根楯も町の史跡で、町の年表は1362年に楯を轟から猿羽根の沢口山へ移したと記します。

  • 県指定天然記念物
  • 猿羽根楯は町指定史跡
  • 町の年表に1362年の記述

空から見た舟形町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2013年9月〜10月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

舟形駅の西口から、西ノ前遺跡まで徒歩5分。

  • 人口5千人規模
  • 郡部の町

町公式の縄文の女神サイトは、西ノ前遺跡を舟形駅西口から徒歩5分、そばの縄文の女神モニュメントを徒歩8分と案内します。東京からは山形新幹線で新庄へ、山形線に乗り換えて約10分と町公式は案内します。

住んでいる人
5,007人
19952020

2015年より −11.1%

7,546 → 5,007人

面積
119.03km²

うち可住地 34.71km²

2024年

世帯数
1,580世帯

1世帯 3.2人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所4

人口1万人あたり 8.0

2023年

面積119.03km²うち可住地34.71km² / 29%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 1園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

6市町村に、接している。

日本のなかの舟形町38.691°N 140.320°E
東京大阪舟形町
舟形町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成

南北のながさ

20.4km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

舟形町は、こういう町です。

  1. 01縄文の女神は、舟形町の西ノ前遺跡から出土した高さ45cmの土偶で、国宝に指定され、山形県立博物館が保管する
  2. 02西ノ前遺跡の調査は国道13号尾花沢新庄道路の建設に先立って行われ、土偶は3日間で5片が見つかった。長沢和紙は昭和39年頃に途絶え、昭和57年に漉かれはじめた町指定の無形文化財
  3. 03猿羽根楯跡の親杉は山形県の天然記念物。舟形駅から西ノ前遺跡までは町公式の案内で徒歩5分

気になったら、町に聞いてみませんか。