村山市・荒町の大わらじ
よみもの

06208 / むらやまし

山形県

村山市

町内会が納める大わらじが、浅草寺の門に。

荒町の大わらじ

Photo by 江戸村のとくぞう (CC BY-SA 4.0)

01 / 神社

居合道祖の生誕の地と市が記す村山に、林崎の熊野居合両神社が建つ。

村山市の神社
Photo by Suz-b (CC BY-SA 3.0)

市の公式サイトは、村山市を居合道祖・林崎甚助重信公の生誕の地と記します。林崎にある神社の正式名称は熊野居合両神社で、市の案内によると、2025年9月7日の第10回居合道演武会は林崎居合神社を会場に、各流派の団体が出演しました。

  • 居合道祖の生誕の地と市が記す
  • 正式名称は熊野居合両神社
  • 第10回居合道演武会は2025年9月7日

02 / 遺跡

旧石器時代から五輪塔や板碑まで、各時代の遺物がある丘の遺跡。

楯岡の西方3km、最上川沿いの標高194mの丘陵の南端にある県指定史跡です。1945年に地元の人々が開墾して見つけました。旧石器時代の石刃は、長野県の野尻湖の湖底遺跡から出た杉久保型ナイフと同型と、市は記します。

  • 県指定史跡(昭和30年8月1日指定)
  • 標高194mの丘陵
  • 1945年の開墾で発見

03 / 人物

楯岡村に生まれた人は、幕府の蝦夷地探検に8回加わった。

村山市の人物
Photo by Kawahara Keiga, 1826 (in Siebold, Nippon, 1832) (Public domain)

最上徳内は1755年に楯岡村に生まれ、1785年に幕府の蝦夷地検分隊へ竿取として加わりました。以後8回の探検に従事し、1826年には江戸でシーボルトと出会います。

  • 1755年 楯岡村に生まれる
  • 1785年 蝦夷地検分隊に加わる
  • 1826年 シーボルトと出会う

空から見た村山市

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

2018年(2018年度撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(年度別空中写真(2018年度)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

東京から、つばさ131号で2時間43分。

  • 人口2万人規模
  • 新幹線が停まる

東京駅発のつばさ131号は、乗り換えなしで村山駅に着きます。JR東日本の時刻表(2026年11月号)では2時間43分で、市の概要の図は170分としています。

住んでいる人
22,516人
19952020

2015年より −8.8%

30,506 → 22,516人

面積
196.98km²

うち可住地 88.81km²

2024年

世帯数
7,579世帯

1世帯 3.0人

2020年

家賃(借家の平均)
4.0万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院0/診療所21

人口1万人あたり 9.3

2023年

面積196.98km²うち可住地88.81km² / 45%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 7園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの村山市38.483°N 140.380°E
東京大阪村山市
村山駅
村山駅2024年
  • 東京まで山形新幹線163分

所要時間はJR東日本「駅の時刻表」(2026年11月版)の村山駅 山形新幹線 新庄方面(下り)の平日(tt0964/0964010)と土曜・休日(0964011)に載る列車ページから、東京発・村山着を `jr_count.py`(毎日運転のみに絞った写し)で数えた。毎日運転(平日・土休日とも同じ分数で、運転日の欄が空)の最速は列車番号131B(東京09:24発→村山12:07着)の163分。下ごしらえの本体の数え(東京駅の列車ページから。163分)とも一致(2026-10-28 確認)。時間帯により異なります。

かたち

7市町村に、接している。

村山市の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成

村山市は、こういう町です。

  1. 01荒町の大わらじは、昭和4年に荒町青年団が作ったのが始まりで、小松沢観音の仁王門に納め、1941年から2018年までに浅草寺へ8回奉納し、いまは宝蔵門に掲げられていると市は記す
  2. 02市は村山市を居合道祖の林崎甚助重信公の生誕の地と記し、林崎に熊野居合両神社があり、河島山遺跡は旧石器時代からの遺物が出る県指定史跡
  3. 03楯岡出身の最上徳内は幕府の蝦夷地探検に8回従事した人で、市内には市指定の葉山への道標や県指定の石鳥居もある

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。