大石田町・次年子の円形校舎
よみもの

06341 / おおいしだまち

山形県 北村山郡

大石田町

山あいの集落に、円形の校舎が立つ。

次年子の円形校舎

Photo by スティーブ・ミズキ (CC BY-SA 4.0)

01 / 水駅

古代の水駅「野後」は、駒籠楯跡にあったと考えられている。

『延喜式』は、野後駅に駅馬10匹・伝馬3匹・船5隻を置いたと記します。町は、最上川と野尻川が合流する駒籠楯跡をその地と考えています。2007年9月の県の発掘で、廂のある建物を含む平安時代の建物群が見つかりました。

  • 『延喜式』に駅馬10匹・伝馬3匹・船5隻
  • 2007年9月 県が発掘調査
  • 平安時代(8〜9世紀)の建物群

02 / 箕づくり

次年子のイカダ箕は、縦の「カワ」を横の「ヘネ」で編んだ箕。

大石田町の箕づくり
Photo by スティーブ・ミズキ (CC BY-SA 4.0)

県教育局の映像記録は、材料のイタヤカエデを「ヘネ木」と呼び、細く裂いた「ヘネ」でイカダ箕を編む工程を紹介します。持ち手には竹2本を使います。町は、昭和30年代を箕作りの最盛期としています。

  • イタヤカエデの「ヘネ木」を裂いて「ヘネ」に
  • 縦は幅2cmの「カワ」・持ち手は竹2本
  • 昭和30年代が最盛期(町)

03 / 河岸

大石田河岸には、寛政4年に幕府の舟役所が置かれた。

町によると、大石田河岸は室町時代の頃に始まったと言われ、元禄の頃にもっとも賑わいました。寛政4年(1792年)に幕府の舟役所が置かれ、最上川舟役所跡の大門と塀蔵が再現されています。

  • 室町時代の頃に始まったと言われる
  • 元禄の頃にもっとも賑わった
  • 寛政4年(1792年)幕府の舟役所

空から見た大石田町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

2019年(2019年度撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(年度別空中写真(2019年度)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

東京から、山形新幹線で2時間52分。

  • 人口7千人規模
  • 新幹線が停まる
  • 郡部の町

東京駅から大石田駅まで、山形新幹線の乗り換えなしの最速は2時間52分です。町は、東京駅から大石田駅まで約3時間30分と案内しています。

住んでいる人
6,577人
19952020

2015年より −10.6%

9,949 → 6,577人

面積
79.54km²

うち可住地 37.84km²

2024年

世帯数
2,086世帯

1世帯 3.2人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所5

人口1万人あたり 7.6

2023年

面積79.54km²うち可住地37.84km² / 48%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 3園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの大石田町38.594°N 140.373°E
東京大阪大石田町
大石田駅
大石田駅2024年
  • 東京まで山形新幹線172分

所要時間はJR東日本『駅の時刻表』(2026年11月号・URL に 2611)の大石田駅(駅コード0305)の下り(平日 0305010・土曜休日 0305011)の列車ページから、東京の『発』→大石田の『着』を列車ごとに数えた(jr_count.py の写しを作業のフォルダに置き、出力を『毎日』だけに絞ったもの)。毎日運転(平日と土休日の両方に同じ分数で載る)の最速は、やまびこ131号・つばさ131号(列車番号131B/131M。福島で分割するまで併結)の東京09:24発→大石田12:16着=172分。列車ページ(https://timetables.jreast.co.jp/2611/train/021/021951.html)に運転日の注意書き(臨時・特定日)は無い。次に速い毎日運転は194分(157B)で、172分より速い毎日運転の便は無い。下ごしらえで本体が数えた172分と一致(2026-10-28 確認)。時間帯により異なります。

かたち

3市町村に、接している。

大石田町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成

南北のながさ

11.9km

大石田町は、こういう町です。

  1. 01次年子の円形校舎は、旧次年子小学校の校舎で、1960年代初頭に建った。閉校後は別の用途で使われている
  2. 02古代の水駅「野後」は、『延喜式』が船5隻を置くと記す駅。町は、最上川と野尻川が合流する駒籠楯跡にあったと考え、2007年9月の県の発掘で平安時代の建物群が見つかった
  3. 03次年子の箕は、イタヤカエデを裂いた「ヘネ」で編む。大石田河岸には寛政4年に幕府の舟役所が置かれた。東京から大石田駅まで、山形新幹線で最速2時間52分

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。