おいらせ町・阿光坊古墳群(末期古墳)
よみもの

02412 / おいらせちょう

青森県 上北郡

おいらせ町

7世紀から9世紀の古墳が、100基以上。

阿光坊古墳群|末期古墳

Photo by MChew (CC BY-SA 4.0)

01 / 氣比神社の絵馬市

絵馬を買うと、店先で牛馬の細かい特色を描き込んでもらう。

上久保の氣比神社は、馬の守護神の蒼前神への信仰の拠点として古くから知られてきたと県は記します。例大祭の絵馬市は、買った紙製の絵馬に飼う牛馬の特色を描き込んでもらい、祈祷を受け、馬屋や牛舎に貼る習俗で、2009年に国の選択を受けました。

  • 2009年に国の選択
  • 紙製の絵馬に牛馬の特色を描く
  • 馬屋や牛舎に貼って持ち帰る

02 / 根岸の大いちょう

推定樹齢1,000年の大いちょうは、円仁の枝が根付いたと伝わる。

東下谷地の根岸の大いちょうは、県の天然記念物(1994年指定)です。県の解説は、推定樹齢1,000年、樹高約33m、目通り幹囲14.1mと記します。円仁が奥州地方を巡った際、持っていたイチョウの枝が大地に根付いたという伝説があります。

  • 県天然記念物(1994年)
  • 推定樹齢1,000年
  • 目通り幹囲14.1m

03 / 日ヶ久保虎舞

勢子に導かれた虎が舞い、百石祭りの山車の先払いをする。

日ヶ久保の虎舞は、宮城県から県の太平洋側に多く分布する虎舞のうち、本州最北端といわれると町は記します。漁民の守り神として崇められ、9月の百石祭りでは、ササラを持つ子どもの勢子に誘われて舞い、山車の先払いをします。町の無形文化財です。

  • 町の無形文化財
  • 9月の百石祭りで山車の先払い
  • 漁民の守り神として崇められる

空から見たおいらせ町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2024年4月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

2006年、百石町と下田町が合わさった。

  • 人口2万人規模
  • 郡部の町

2006年3月1日に百石町と下田町が新設合併して生まれた町で、青森県の東南部にあります。西から東の太平洋へ傾斜した台地からなり、台地の南を、十和田湖を源流とする奥入瀬川が流れて太平洋に注ぎます。

住んでいる人
24,273人
2010

2015年より +0.2%

24,211 → 24,273人

面積
71.96km²

うち可住地 59.22km²

2024年

世帯数
9,258世帯

1世帯 2.6人

2020年

家賃(借家の平均)
5.2万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院2/診療所10

人口1万人あたり 4.9

2023年

面積71.96km²うち可住地59.22km² / 82%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 12園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

4市町村に、接している。

日本のなかのおいらせ町40.599°N 141.398°E
東京大阪おいらせ町
おいらせ町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

10.3km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

おいらせ町は、こういう町です。

  1. 01阿光坊古墳群は、奥入瀬川下流左岸の段丘上に7世紀前半から9世紀末にかけて営まれた国史跡で、周溝をもつ古墳108基と周溝をもたない古墳8基が見つかり、古代に蝦夷と称された人々の墓と考えられている
  2. 02上久保の氣比神社の例大祭に合わせた絵馬市は、買った絵馬に飼う牛馬の特色を描き込んでもらう習俗で国の選択を受け、東下谷地の根岸の大いちょうは、円仁の枝が根付いたと伝わる県の天然記念物
  3. 03日ヶ久保の虎舞は百石祭りで山車の先払いをする町の無形文化財で、おいらせ町は2006年に百石町と下田町が新設合併して生まれた

気になったら、町に聞いてみませんか。