六戸町・七百駅跡(十和田観光電鉄)
よみもの

02405 / ろくのへまち

青森県 上北郡

六戸町

十和田観光電鉄の電車が、町を走っていた。

七百駅跡|十和田観光電鉄

Photo by まも(Mamo) (Public domain)

01 / 旧苫米地家住宅

式台と「クモ壁」をもつ、茅葺きの住宅。

道の駅「ろくのへ」の隣にある旧苫米地家住宅は、茅葺き寄せ棟の住宅です。町公式は、式台は当時武士階級の住宅に限られた出入口とされ、内壁に土壁を塗る「クモ壁」は珍しい工法と記します。建築年代の資料は無く、江戸時代後半と推測されています。

  • 桁行11間・梁間5間
  • 1992年 町指定
  • 江戸時代後半の建築と推測

02 / 南部駒舞

御野馬捕りを舞にしたといわれる、上吉田の駒舞。

上吉田の南部駒舞は、軍馬育成のため野に放たれ半ば野生化した馬を、盛装した騎馬武者が捕らえる御野馬捕りを舞踊化したものといわれます。町公式によると、捕獲した馬を守るための太刀・薙刀などを用いた附舞があり、お盆には地域の人たちに披露されています。

  • 附舞と七つの道具
  • お盆に披露
  • 1980年 町無形文化財

03 / 折茂今熊神楽

旧正月に家々を門打ちしてまわる、歯打ちの山伏神楽。

折茂の今熊神楽は、早池峰系の岳神楽を祖とし、早池峰から伝わったといわれます。歯打ちをする熊野神楽の流れを汲む山伏神楽で、演目に権現舞・花舞・鞍馬・山の神・三番叟などがあります。旧正月には地域の家々を門打ちして回ります。

  • 演目 権現舞・花舞ほか
  • 旧正月に門打ち
  • 1980年 町無形文化財

空から見た六戸町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2024年4月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

目立った山のない、奥入瀬川ぞいの平野の町。

  • 人口1万人規模
  • 郡部の町

町公式は、町が洪積層の大地と細長い洪積平野からなり、目立った高地・山岳は無いと説明します。十和田湖に源を発する奥入瀬川が町の中央よりやや南を東西に流れ、流域に水田が広がります。面積は83.89km²で、雪は比較的少ない穏やかな気候とされています。

住んでいる人
10,447人
19952020

2015年より +0.2%

10,523 → 10,447人

面積
83.89km²

うち可住地 57.68km²

2024年

世帯数
3,840世帯

1世帯 2.7人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所5

人口1万人あたり 4.8

2023年

面積83.89km²うち可住地57.68km² / 69%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 4園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

5市町村に、接している。

日本のなかの六戸町40.609°N 141.325°E
東京大阪六戸町
六戸町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

15.4km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

六戸町は、こういう町です。

  1. 01七百駅は十和田観光電鉄線の駅だった。町公式の年表は大正11年に十和田鉄道が古間木と三本木のあいだで開通、平成24年3月に十和田観光電鉄が廃線となったと記す
  2. 02旧苫米地家住宅は式台とクモ壁をもつ茅葺きの住宅で、上吉田の南部駒舞と折茂今熊神楽とともに、国や県でなく六戸町が指定した文化財
  3. 03今熊神社の杉は推定樹齢400年・目通幹回り3m95cmで、町は今熊神社を六戸町で最も古い神社といわれると紹介する

気になったら、町に聞いてみませんか。