大熊町・熊川の稚児鹿舞
よみもの

07545 / おおくままち

福島県 双葉郡

大熊町

稚児が獅子に扮し、鎮守の社で舞ってきた。

熊川の稚児鹿舞

Photo by Mister0124 (CC BY-SA 4.0)

01 / 宿場

相馬中村藩の南端の宿場町として、熊川宿が整備された。

町の文化財地域計画は、熊川宿が相馬中村藩の南端の宿場町として整備され、交通の拠点になったと記します。人や荷物の出入りを管理した検断の中野氏の古文書が多く残るとも記し、町内の熊町一里塚は対で塚が残る町指定史跡と位置づけます。

  • 相馬中村藩の南端の宿場町
  • 検断・中野氏の古文書
  • 熊町一里塚は町指定史跡(昭和48年4月1日)

02 / 屋敷

相馬中村藩の給人の屋敷構えを残す、石田家・渡部家が国の登録有形文化財。

町の計画は、大川原の石田家住宅と渡部家住宅を、近世末から明治初期までに創建した、藩に仕えた給人の特性を持つ屋敷構えを残す建物と記します。石田家は4件が令和元年、渡部家は5件が令和3年に登録されました。

  • 国登録有形文化財 計9件
  • 石田家 令和元(2019)年12月5日
  • 渡部家 令和3(2021)年2月4日

03 / 地名

『常陸国風土記』の「苦麻之村」が、熊地区周辺にあたると考えられている。

町の計画は、『常陸国風土記』に多珂国造のクニの北端として「苦麻之村」(くまのむら)が記載され、現在の熊地区周辺にあたると考えられていると記します。熊川宿周辺に比定されるという説もあります。

  • 「苦麻之村」(くまのむら)
  • 多珂国造のクニの北端
  • 熊地区周辺にあたると考えられている

空から見た大熊町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2022年7月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

東京から、特急ひたちで181分。

  • 人口1千人規模
  • 郡部の町

町内の鉄道の駅は常磐線の大野駅です。JR東日本の時刻表(2611版)では、毎日運転の特急ひたちの最速が、東京駅から大野駅まで181分、上野駅から174分です。町公式は、大野駅から役場まで約4.5kmと案内します。

住んでいる人
847人
19952020

10,656 → 847人

面積
78.71km²

うち可住地 30.99km²

2024年

世帯数
800世帯

1世帯 1.1人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所2

人口1万人あたり 23.6

2023年

面積78.71km²うち可住地30.99km² / 39%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 0園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの大熊町37.382°N 140.958°E
東京大阪大熊町
大野駅
大野駅2020年
  • 東京まで特急ひたち181分
  • 上野まで特急ひたち174分

所要時間はJR東日本の駅の時刻表 2611版(東京駅 tt17 上野東京ライン・常磐線、上野駅 tt0204 の07 常磐線快速)の列車ページから、東京・上野の発→大野の着を数えた(`$SP/fukushima-prep/jr/trains-1039.json`・`trains-0204.json` の列車ごとの停車時刻を数え直し、運転日注意の無い毎日運転の便だけ)(2026-10-28 確認)。時間帯により異なります。

かたち

5市町村に、接している。

大熊町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

6.8km

大熊町は、こういう町です。

  1. 01熊川稚児鹿舞は熊川地区の諏訪神社で毎年8月に行われてきた町指定無形民俗文化財で、江戸時代後期の大飢饉のとき鎮守に鹿舞を奉納したことに始まるといわれる
  2. 02熊川宿は相馬中村藩の南端の宿場町で、町内の熊町一里塚は対で塚が残る町指定史跡と町の計画は記す
  3. 03大川原の石田家住宅・渡部家住宅は給人の屋敷構えを残す国登録有形文化財で、町名のもとの「苦麻之村」は熊地区周辺と考えられている

気になったら、町に聞いてみませんか。