01 / 浦見川
湖の出口を開けるため、岩山を36m切り下げた。

1662年の地震で、三方五湖の水の出口だった川がふさがりました。小浜藩は20日あまり後に浦見峠を切り開き始め、翌年に水が通ります。峠の最高点から川底まで約36m、長さ約236m、延べ22万5千人の工事でした。水が引いた湖岸に新田ができ、生倉と成出の2つの村が生まれました。
- 約36m切り下げ
- 長さ約236m
- 新しい村が2つ
01 / 浦見川

1662年の地震で、三方五湖の水の出口だった川がふさがりました。小浜藩は20日あまり後に浦見峠を切り開き始め、翌年に水が通ります。峠の最高点から川底まで約36m、長さ約236m、延べ22万5千人の工事でした。水が引いた湖岸に新田ができ、生倉と成出の2つの村が生まれました。
02 / 舟小屋と梅

三方湖の岸に、茅葺きの舟小屋が残ります。対岸の梅畑へ通う舟をしまった小屋で、明治から昭和の中ごろまでは、主に女性が青梅を舟に積み、「梅売り唄」を歌って漕ぎ出しました。梅は天保年間に伊良積で始まったと伝わり、主な品種の紅映は若狭で生まれました。福井の梅の約8割がこの町でとれます。
03 / 前川

熊川宿の街道沿いを、流れの速い水路「前川」が走ります。上ノ町の前川は北川と天増川の合流点で取った水、中ノ町は河内川の水です。屋敷の出入口には石橋が架かり、所々に「かわと」と呼ぶ洗い場があります。1996年に重要伝統的建造物群保存地区になり、前川の岸は石積みに整えられました。
くらし
2005年に三方町と上中町が合併した町です。北には美浜町にまたがる三方五湖と、若狭湾に突き出た常神半島。南の上中には、近江との境に近い熊川宿があります。玄関口はJR小浜線の三方駅で、町の代表の三方庁舎がある側。舞鶴若狭自動車道のICが町内に3つあります。
2015年より −8.2%
16,780 → 14,003人
うち可住地 51.11km²
2024年
1世帯 2.9人
2020年
人口1万人あたり 7.1
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
27.7km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
気になったら、町に聞いてみませんか。