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よみもの

18442 / みはまちょう

福井県 三方郡

美浜町

真冬の運河に飛び込み、綱を引きちぎる。

日向の綱引き行事

Photo by TR15336300101 (CC BY-SA 4.0)

01 / 農具

稲の穂から籾をこぐ千歯扱きを、漁村が全国へ売り歩いた。

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Photo by Asturio Cantabrio (CC BY-SA 4.0)

千歯扱きは、鉄の歯に稲の穂先を掛けて引き、籾をこぎ取る脱穀具です。江戸末期から大正にかけて早瀬の特産で、寺川庄兵衛が屋号「北国屋」で造り始めました。「若州早瀬せんば」の名で、行商などで東北まで販路を広げます。町は、鉄の仕入れと品の運び出しに北前船が欠かせなかったとみています。

  • 江戸末期〜大正
  • 若州早瀬せんば
  • 東北まで販路

02 / 湖

淡水だった湖が、いまは海水で、深さ38.5m。

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Photo by Fumi Yana (CC BY-SA 4.0)

三方五湖のうち、日向湖と久々子湖が美浜町にあります。県によると、江戸時代前期より前は久々子湖のほかは淡水湖でしたが、いまの日向湖は海水湖。江戸時代に開いた運河で若狭湾と、嵯峨隧道で水月湖とつながります。五湖でいちばん深い38.5mで、ハマチやタイを畜養しています。

  • かつては淡水湖
  • いまは海水湖
  • 水深38.5m

03 / 仏画

1cmほどの愛染明王を、20体ずつ25段に描いた。

佐柿の青蓮寺に伝わる鎌倉時代の仏画です。縦55.2cmの絹に、1cmほどの愛染明王を1列20体、25段、あわせて500体描いています。多くの仏を造る行いは院政期に盛んでも、県は絵の例はごくまれとし、町は類のない作例とします。国吉城主の粟屋勝久が一乗谷から持ち帰ったと伝わります。

  • 縦55.2cm
  • 20体×25段
  • 2012年 県指定

くらし

4つの村が、1954年に一つの町になった。

  • 人口9千人規模
  • 郡部の町

1954年2月、南西郷・北西郷・耳・山東の4村が合併して生まれた町です。耳川を南へさかのぼると、滋賀県境の山あいの新庄。海側には日向・早瀬の漁村、東の敦賀半島には菅浜や丹生が並びます。玄関口はJR小浜線の美浜駅で、役場まで歩いて10分です。

住んでいる人
9,179人
19952020

2015年より −7.4%

12,362 → 9,179人

面積
152.38km²

うち可住地 25.65km²

2024年

世帯数
3,745世帯

1世帯 2.5人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所10

人口1万人あたり 10.9

2023年

面積152.38km²うち可住地25.65km² / 17%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 3園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

1県・3市町村に、接している。

日本のなかの美浜町35.601°N 135.941°E
東京美浜町
美浜町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

27.0km

福井県
敦賀市・若狭町
滋賀県
高島市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

美浜町は、こういう町です。

  1. 01毎年1月、日向の若者が日向湖と若狭湾を結ぶ運河に飛び込み、太さ30cmの藁綱を引き合って切る、国選択の「日向の綱引き行事」がある
  2. 02江戸末期から大正まで、早瀬でつくった脱穀具の千歯扱きが「若州早瀬せんば」の名で全国へ売られた
  3. 03三方五湖でいちばん深い海水の日向湖と、500体の愛染明王を1幅に描いた鎌倉時代の仏画を伝える青蓮寺がある

気になったら、町に聞いてみませんか。