01 / 農具
稲の穂から籾をこぐ千歯扱きを、漁村が全国へ売り歩いた。

千歯扱きは、鉄の歯に稲の穂先を掛けて引き、籾をこぎ取る脱穀具です。江戸末期から大正にかけて早瀬の特産で、寺川庄兵衛が屋号「北国屋」で造り始めました。「若州早瀬せんば」の名で、行商などで東北まで販路を広げます。町は、鉄の仕入れと品の運び出しに北前船が欠かせなかったとみています。
- 江戸末期〜大正
- 若州早瀬せんば
- 東北まで販路
01 / 農具

千歯扱きは、鉄の歯に稲の穂先を掛けて引き、籾をこぎ取る脱穀具です。江戸末期から大正にかけて早瀬の特産で、寺川庄兵衛が屋号「北国屋」で造り始めました。「若州早瀬せんば」の名で、行商などで東北まで販路を広げます。町は、鉄の仕入れと品の運び出しに北前船が欠かせなかったとみています。
02 / 湖

三方五湖のうち、日向湖と久々子湖が美浜町にあります。県によると、江戸時代前期より前は久々子湖のほかは淡水湖でしたが、いまの日向湖は海水湖。江戸時代に開いた運河で若狭湾と、嵯峨隧道で水月湖とつながります。五湖でいちばん深い38.5mで、ハマチやタイを畜養しています。
03 / 仏画
佐柿の青蓮寺に伝わる鎌倉時代の仏画です。縦55.2cmの絹に、1cmほどの愛染明王を1列20体、25段、あわせて500体描いています。多くの仏を造る行いは院政期に盛んでも、県は絵の例はごくまれとし、町は類のない作例とします。国吉城主の粟屋勝久が一乗谷から持ち帰ったと伝わります。
くらし
1954年2月、南西郷・北西郷・耳・山東の4村が合併して生まれた町です。耳川を南へさかのぼると、滋賀県境の山あいの新庄。海側には日向・早瀬の漁村、東の敦賀半島には菅浜や丹生が並びます。玄関口はJR小浜線の美浜駅で、役場まで歩いて10分です。
2015年より −7.4%
12,362 → 9,179人
うち可住地 25.65km²
2024年
1世帯 2.5人
2020年
人口1万人あたり 10.9
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
27.0km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
気になったら、町に聞いてみませんか。